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№5 資料,ら

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 2日(月)16時14分13秒
  資料,らお伝えします。 この資料は天理教教会本部に昭和17年から伝えられたのもの一部です。

明治二十三年六月二十一日 旧五月五日 午後九時十五分

神一條の道は心の理を持ってするから、入り来る、出て来るこれまでの処なみたいていな

道じゃなかった。 中略 神一條の道は神屋敷、鏡屋敷と云ふ、何年以前から始め掛け体

内宿る迄に話したる眞柱又、一ツ筆に印して十分知らしてある。この事情と云ふは深き因

縁。  明治三十二年八月二十六日 おさしづの中に 前略 今一時どれ丈け人あったて

教祖の理うつして理をはくは一人であるほどによう聞き分け、なってしもふてからはとり

かやしでけん。万事理によってとりぞこないは理と理分かれば、又一ツ\/順序につゞま

るものよう聞き分け。席と云ふてたれから名をつけたものか。人間からつけたものか又や

とい入れたか、年限から一ツ\/かぞへる心なけにゃならん。席といふてたておけば、口

上とおもふ、口上やないで、めん\/身のため知らすのである。

明治二十一年六月二十三日 旧五月十四日  前略

甘露台一ツ人間定めてある。なんでも一日ある。楽しみあると云ふ事を治めて貰いたい。

昭和元年より(台三十八才にて助け一条の道に出た年・御筆先七号の一参照)

月日より三十八ねんいぜんにて  あまくだりたる元のいんねん

二十六年は昭和二十六年の事   御筆先三号 一一三

今迄の事はなんにも云てくれな 二十六日始めかけるで

昭和二十一年 理の台誕生して一ツの印打った年から二十六年は昭和四十七年、御筆先十

七号 四十五 けふのひはもうぢふぶんにつんできた こくげんきたらすぐにかやすで

このひはないつのことやとおもてゐる 二十六日がきたることなら

今年は吉祥の二十六日であります。しっかり聞き分けて下さい。

昭和四十七年十月二十三日にお伝えられた御神言です。  神一条  玉 水 仙

年限が遅れている事を聞き分けて下さい。今年で三十五年も遅延しています。

昭和二十一年から六十一年も遅延しています。これは大変な事です。親の心子知らず。と

申して居ります。
 

№4 資料,料阿隆靄椶箸靴

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 1日(日)23時53分50秒
  資料,僚蕕瓩棒張痢璽箸ら引用しお伝えします。

明治二十一年三月九日 旧一月二十七日から抜粋します。

さあ\/判らん\/何時までも分からん、どんな事も聞いておかんならん、充分の道とい

へば 世界からつけにくる、にごりた\/道でどんならん一ツ所よりふいたる枝一寸ふい

たる芽は今度は折れん、充分の枝がふく、どんな事も聞いておけ(下略)

参考 おふでさき二号 3 ちやつんであとかりとりてしもたなら

                あとへでるめはようきづとめや    芽です。

明治二十三年六月二十一日

体内に宿る迄に知らしたる眞(眞柱の事)一ツ筆にしるして 十分に知らしてある。この

自由用といふは深き因縁十分の理におさまりたる。まだ\/あと\/の事情。

 参考として明治三十一年五月九日のさしづに  前略 しんばしら しんばしら今は家

内と云ふやろう、今日は出ようと 思へば出たがよい やすもうとおもへばやすんもよいと

書き残して 有ります。家内とはおさしづを出しておられる方の奥様の事ですね、元治元

年からの出来事を知っておられる人は成程と納得がいくはずです。
 参考としまして
明治三十一年八月二十六日夜の  今出されているおさしづ (二一七頁、P3083)

昭和四年九月二十六日中山正善様発行分と比較して下さい。 (三五三頁、P4359)

世界も子のもの、金をもつてやとひこんだものでなし、心一つふせこんだ、いつになつて

もうごくことなし、萬事の處ははなしかける、この順序本席をいたゞくさとには元といふ

理をさとしてくれ、やとひいれたものやない、おまいどうせいかうせいいへん、けふ世界

からみても、順序の理である、一つの席であるで。 おさと様が二代本席である事の証拠。

  明治二十一年六月八日 御さとし

さあ\/なにか知らさにゃならん。さあ\/どういふ事も一日も早く知らさにゃならん、

如何なる事も聞き分け、道すがら聞き分け、なるならん、なんでもみな、それ\/でにゃ

ならんようになりてきた、どういふ事も早く知らさにやならん、一ツの事情ださにゃなら

ん、みのしらせ、ぜんにきかせてある。みんな出る、さわりいりこみ、こころのみの、さ

わり一つの始り、あぶなき理、神と上といふは、ふたがあきにくい、一寸みていよほそ\

/ながら、この道みんなあつまる、世界の理におされるから、ほそ\/道ゆるした、ふり

かわると、ころりとかへる\/、神一條の名あげ、一ツのほそ\/の道、早く理をはやく

なおせ、はやく治めおくしまい一ツはやぶってしまへ、いかなる事一ツの一条、早くとほ

てやらうか、ふんでやらうか、あちらへも早く、こちらへもはやくほそい道でも一寸つけ

たが道はかたいで早く\/治め。このおさしづは昭和初期出版からのものです。
   参考としまして
お筆先四号41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならんと仰せ有りま

す。また、六号70 月日よりつけたるなまい取り消して このざねんを何とをもうぞと

も仰せ有りました、4号97これまでと道がかわるとゆうてある 神はちごうたことはい

わんで とも仰せ有ります。 参考のおさしづとしまして

(M22・4・18)さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道こ

れは一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と

云ふは今の一時と思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき

\/ つめたる。

(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。 神一条世界

一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という

十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・・神一条の道はまだ\/治まっていない、神

一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/ 思う丈(だ)

け何も分かりゃせん 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。

(M23・4・20)午前四時刻限御話(P66、662)神一条の道は又一つ別派、それより血

分け、心の理より来る理がある。誠の道に寄り来る。神一条の道から始まりた真実の心と

いう。たんのうの心より治まる。こうすればこう成る。

(M24・2・7) これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、

怖わい道があってやれ楽しみと言う。

(M24・5・18)皆承知をして居れば、その日が来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。

いっぱしどいう事情になるとも、日本一つの道がある。こうがある。神一条と言うてある。

分からんやあろうまい。案じる事は要らん。天より始めた一つの道を治めるという。

(M30・7・14)天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽し

み無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは萬分の一の道を付けたのやで。そ

れから聞き分けば、邪魔になるものは邪魔になる。害になるものは害になる。言うわいで

も分かった話や。

(M21・1・8)神一条の道は一寸難しいようなものや。一寸も難しい事はないで。神一

条の道はこういう處、一寸も聞かしていない。天理王命というは五十年前より誠の理であ

る。ここに一つの處、天理王命という原因は元無い人間を拵えた神一条である。

(M21・7・31)この所神一条、五十年以前からの元の理を聞いて心に治めよなら、成程

の理も治まろう。天理王命と称するは一つの宗旨(御親の思惑)である。 天理王命と元

一つ称するは天の月日である。元一つ始めるは女一人である。元よく聞いてくれ。 (天

理御教祖様の事でありません) おさしづを読み比べると良く分かると思いますが表の道

と裏の道とも仰せ有ります。何時までも何時までもこのままでは世界中が困ります。

聞き分けが無い何と残念。悟り無いのが神の立腹と何故言われているかは気が付くと思い

ます。長いものには巻かれろで通せる間は良いでしょう、にっちも、さっちも成らなくな

ってからではどうにも成りません、もう手遅れです。  神を騙した事にも成ります。

一緒に解決しましょう。   長く成りましたので〇駑舛麓_鵑砲靴泙后
 

№2 人間のこらず五輪五体

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 1日(日)22時39分54秒
  泥海古記――人間のこらず五輪五体  神一条人間甘露台の本から抜粋 139頁

心を澄まし、ほこりを払えば病の根は枯れ、家内そろって心真実さんげするなら家内円満、

人間お互いに助ける心に徹してこそ、神様のお見分け(ご利益)深くなるのです。

 十柱の神様のご守護を参照して下さい。

天は月様、地は日様。天地月日は同じこと。地と天とは実の親です。だからこそ父母とい

うのは天地夫婦、南(女)無(男)もまた同じ理で、それ以外は道具衆、つまり人間五体

は残らず神の貸し物。目は月様から、身の内ぬくみ一切は日様からお借りしています。

これを南無(日月)といいます。

月読は骨つっぱり、皮つなぎは国狭槌、飲み食い排泄は雲読のそれぞれの神様の借りもの、

これを“五輪五体”といいます。息を吹くのも惶根命様(かしこねのみこと)から拝借し

たもの。息でモノをいう、風で吹き分け、これこそが南無阿弥陀仏(日、月、風、つなぎ、

つっぱり、仏様)の六台。次の宝剣(大食天命様)で離された七柱の神を引き出す神は大

戸辺命様。この八神が方位八方を司っておられることをここで深く学びたいものです。

四方正面鏡屋敷、人間始めの元の神の神一條甘露台が、万助けを始めることによって、こ

れまで必要とした医者も薬も、まじないも拝み祈祷(きとう)も要らぬこととなりました。

神様への祈りは人間の恩の報じ場です。神様のお話をお伺いして、思案して、真実叶うた

ことならば、どんなことでも叶わないことはないというのに、心得違いが薬を飲むのです。

人間はいずれ死ぬとか、死にたくない、などと世間ではいいますが、死に行くなどとはと

んでもない。神様からの借り物をお返しするのです。身の内の神様が退きなさることなの

です。 着物にたとえてみましょう。心が汚れたままの人は、洗わないと着ておれないの

で脱ぎ捨てなければなりませんが、汚れた着物も水で洗えば(心を立て替えれば)心から

気持ちよく着ておられるように、一番大切なことは、まず心を洗うことなのです。

水と神様とは同じこと。心の汚れを洗い切る。要は助かる心しだい、早く心を澄まして、

甘露台の御神言につつましく、おかげのお礼を申し上げることなのです。

      おふでさき 十四号 16

 このよふにやまいつきものばけものも     かならずあるとさらにをもふな

この世の中に病気とかつきものとか ばけもの等は決してない。

おまけ・・・化け物は神が芝居して見せてくれている。早くサンゲしなさいと言う事です。

繰り返しお読み下さい、そして心に治めて下さい。 お待ち申し上げて居ります。
 

№1 基本としまして

 投稿者:安達  投稿日:2007年 3月30日(金)00時54分26秒
  掲示板を一新しましてよろづ書き込みを再び始めました。どうぞ宜しくお付き合い下さい。

まずは、明治二十年一月十三日のおさしづに

さあさあ月日がありてこの世界あり、世界ありてそれそれあり、それそれありて身の内

あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで と仰せです、貴方も是非、

心に置いて下さい。  また、書きにくい事はメールでも結構です。

メールアドはkamiichijyou@marble.ocn.ne.jpです。
 

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