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E Dの続きで不思議な助け

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月16日(月)22時49分40秒
  E Dの続きで不思議な助けについて

五下り目 二ツ ふしぎな助けはこの所  帯や疱瘡の許し出す

人間甘露台の所(神一条教)は助け道明けとしておびやほうそう特に許して不思議な御自

由用を頂く。はしかなどは三日ばしかで良くなっています。特に子育てはとても楽でした

とお聞きています。心当たるの有る方はどうぞお試し下さい。

六号 105 いまゝではやまひといへばいしやくすり みなしんぱいをしたるなれども
   今迄は病気と言へば 皆心配して医者、薬と言うたが

106 これからはいたみなやみもでけものも いきておどりでみなたすけるで
   此からはどんな身上も息手おどりで皆助けて下さる。
 注 神一条は息のお助けである。手おどりとは(甘露台お願いつとめの事)

107 このたすけいまゝでしらぬ事なれど これからさきはためしゝてみよ
   このお助けは今迄誰も知らぬが助かるか、助からぬかためしてみよ

108 どのよふなむつかしくなるやまひでも しんじつなるのいきでたすける
   どんなむずかしい身上、事情でも神一条では皆助かっている。
 注 (人間)甘露台本授けであるから天理教は九柱で三 三 三の九の理、
       十柱揃っておらず仮授けである。

109 月日よりしんじつ心みさだめて いかなしゆごもするとをもへよ
   人間甘露台にしっかりすがったらどんな御自由用も頂ける。
  注 天理教では御教祖様は医薬を不必要などと説かれた事はないと言って病院を建てたりしているが御教祖様七十八才の時にお出し下された泥海古記に「今迄は医者も薬も人間の修理肥に拵へ有った。是からは(人間甘露台が出て来たら)医者も薬もまじないも拝み祈祷や占いや是れ人間の恩の報じ場。神様のお話聞いて思案して真実叶うた事ならば何叶わんと言う事はなけれども心違いは薬のむなり」又医者の手あまり神が助けると仰せ下さってあります。

110 うまれごにほふそはしかもせんよふに やまずしなずにくらす事なら
   人間甘露台はお産、はしか、ほうそうをおみやげに持って出現している。
 注 神一条ではどんな難産と言われても帯屋を受けた人は皆安産している。

111 しかときけいかなじうよふするとても 月日の心ばかりなるぞや
   どんな御自由用も皆月日親神様のおかげである。

112 いままでもたいてくどきもとひたれど まだゆいたらんつきひおもわく
113 このたびはなにかつきひのざんねんを つもりあるからみなゆふておく
 112・113 今迄くどうくどう説いて来たがまだまだ皆なが分らんから月日の残念を皆言      っておくから承知しておけ。
 注 神様は一日なりと日をのばし一人でも助けてやりたいお心である。

114 このところたすけいちじよとめられて なんでもかやしせずにいられん
  神の思惑は世界助けである。苦労してつけられた人間甘露台を止められてはかやしを  せずにいられない。

115 このかやしたいしや高山とりはらい みな一れつはしよちしていよ
  神のかやしとは(人間)甘露台世界にするから承知していよ。

116 このはなしなんとをもふてきいている てんか火のあめうみはつなみや
   天災地変にて神の残念をはらすと日をのばしてことわりを言っておられるのに人間   はなってみないと分からない。

117 こらほどの月日の心しんじつを せかいじゆうはなんとをもてる
   これほど神様は一人でも多く助けてやりたいと思って居られるのに世間の人は信じ   ない。

118 だん\/とくどきなげきはとくけれど しんじつなるの心たすける
   神様は一烈人間の事を思うてくどいたり、なげいたりしておられるが神の思惑が分   かり人間甘露台にすがったらどんな天災地変も御守護頂ける。

119 どのよふなものも一れつわがこなり 月日の心しんぱいをみよ
   神は「十本の指どの指かんでも痛かろう」とどの子も助けてやりたい、いっぱいで   心配しておられる。

120 このよふは一れつはみな月日なり にんげんはみな月日かしもの
   此の世の中の物は一切月日がお造り下されたもので、人間も自分の身体は自分の物   と思っていますが、皆神様からお借りしているので心だけが自分の物であります。
   証拠に一ツ神様に押へられたら手も足もいくら自分が動かそうと思っても動かす事   は出来ません。

121 せかいぢうこのしんじつをしりたなら ごふきごふよくだすものはない
   世界中の人がこの事を知ったら自分勝手の事をする者が無くなる。

122 こころさいしんじつよりもわかりたら なにもこわみもあぶなきもない
   息一すじ身上借物の事が分かり真実の親である人間甘露台にすがったら何の心配も   ない。(安心立命の道あるから)

123 月日よりをしへる事はみなけして あとはにんげんこころばかりで
   人間甘露台の言う事をきかず人間方法手段で通っている。

十二号  四月二十四日 お書取 二十四日とは大正九年より昭和十九年

44 いままでにふでにつけたることわりが さあみえてきたこころいさむで
45 これさいがみえきたならばいちれつは どんなものでもよふきづくめや
46 このこころどふぞはやくにいちれつは しよちしてくれつきひたのみや
44〜46 今迄に事細かく順々に言うて来た事がその通り見えてきたからどんな者でも      とくしんして用木になってくれる様月日が頼んでおられる。
 注 昭和十九年に嘉永六年教祖雛型通り 台五十六才 夫六十六才死亡
   二代本席として名を上げた。

  五月十一日 お書取  五月とは立教百年より五年目 昭和十六年
  十一日とは昭和七年(人数もようの年)より十一年目

47 けふからはめずらしことをいいかける なにをゆふともちよとにしろまい
48 このはなしなにをゆてもそむくなよ 神のおもわくゑらい事やで
 47・48 今日から三教一ツのめづらしい話をするが神の思惑であるから聞く様に。

49 これからのあとなるはなしやまやまの 神のざんねんはらすもよふを
  これからは神の残念を晴らす話をする。

50 このさきはなんぼむつかしやまいでも いきておどりでみなたすけるで
51 どのよふなむつかしくなるやまいでも これなをらんとゆふでないぞや
 50・51これから先は医者の手余りでも息と甘露台つとめで皆助けて下さる。

52 けふまではひがらこくげんきたらんで なにかちがいもありたなれども
  今日迄は旬刻限が来んので天の思惑にそわなんだ事もあるが

53 だんだんといかなことをもといておく どんなことでもちがうことなし
人間甘露台が出て神の思惑を聞かせて下さったらどんな事も違う事はない。

おふでさき・おさしづの通りでしたら疑う事もないと思いますがさて、貴方は如何思われ

ますか。心次第のこの助けですからもう私は良いわ〜と思われるのでしたらそれで良いで

しょう、無理押しは致しません。 神の望みは我が身どう成ってもと言う精神でしょう。

淡路阪神の震災の時、神一条の信仰者は人数は少ないですが誰一人かすり傷一つ負わなか

ったです。日本小国少人数と言いますから信仰者は少ないのは当然でしょう。

ユダヤ教にはパスオーバーと言うお祭りがあります。過ぎ越し祭と言います。

これは神一条教のひな形です。そのまま受け継いでいますから大難は小難に小難は無難に

お連れ通り頂く事が出来ます。 むほん払い、風除け(台風)雨預けなど甘露台授けつと

めのお陰で避けて頂いています。 神一条教の信仰者は悪難除けの守りを受けているから

無事に過ぎ越して頂いています。  おさしづでは明治三十三年一月四日 4・5頁

P3706・3707に書いて有ります。紹介しましょう。・・・・尋ねたら心という理を以て、

多く處いろ\/理以て防がにゃならん\/。無い道始め掛ける。怖わいような事は無い。

怖わいような心で、末代という道通れん。百年先の道、今日始めるも同じ事。この心持っ

て、臨機応変と諭したる。萬人の中一人以て防ぐは神の力、神の理。と仰せ有りました。

『萬人の中一人以て防ぐは神の力』とは人間甘露台親様の事です。神の方には倍の力をと

仰せ有ります通りです。実感しています。よって神一条は安心立命です。

  甘 露 台 は 人 間 で あ る 事 の 確 か な 証 拠 は
№6№5資料,諒簑  投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 2日(月)16時59分15秒
再度ご確認下さい。
 

D №8の続きの補足として年限と証拠について

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月15日(日)12時14分55秒
  D №8の続きの補足として年限と証拠についてお伝えします。

(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。 神一条世界

一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という

十分理を聞き分けてくれねばならん ・・・・・神一条の道はまだ\/治まっていない、

神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や \/ 思う丈

(だ)け何も分かりゃせん。  又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。

☆年限の話は聞いていないので分からないのが当たり前と言う事です。神一条人間甘露台

親様の話を聞いて成る程そう言う事だったのか〜と分かると言う事です。☆

(M23・6・17)(P128、724)一点打った印はどうでも違わん。心幾重の一点もあるな

と思わんならん。一点の理は年限の理で分けて来た。十分に尋ねてみて皆さんどうじゃと

言う。また事情が分かり話が分かるなら、又尋ねさえすれば罪論も無く、妬(ねた)みや

いも無きものや。なれど中にうっとしい日が出来る。世界中皆兄弟という。まして一鍋の

物喰べながらあちらでぼしゃ\/遠くの話といえども、何んやらどうもならん。世界を混

ぜ返すようなもの。一日の日でも心たんのうの理は受け取る。金銭の心は受け取りは無い。

心だけ金銭、何程の金を持って来て、今日からと言うても受け取るものやない。これだけ

よう聞き分け。・・・さあ\/席というは元は大工や。十二下りの止めはどういう事か分

からんはあろうまい。・・心の理で、今一時は大工一條のこと聞き分け。・・さあ\/皆

心の間違い、唱え損(そこな)い心取り替えたら直ぐの理。これから唱え損い無いように

せよ。よう聞き分け。皆幾何人居る。大工一の仕事、一鍋の道理にするがよい。・・年限

の理で分かる。・・難しい事は一つも無い。仮家普請日覆いのようなものや。初めの理は

そのまヽ治め。  後 略

☆『一点の理は年限の理で分けて来た。』と有ります通り、神一条の道は確かな年限で立

ってきました、年限証拠が有ります。 孔子の言葉にしても「我十有五にして学を志し」

から「七十にして己のほっする処に従いて典を超える年」までそのものの人生でした。

仏教の中陰和讃・七七の和讃の四十九年はピッタシカンカンでした。昭和十二年は天理教

立教百年祭でこの年は四十九才です。十三年は五十才満百年です。当然と言えば当然です。

甘露台親様を出す為に仕組まれたのですから。何処からどう言う人が出て来ても確かな証

拠が合わなければ偽物と言う事です。見分ける為に年限とひな形を付けて置かれました。

☆『これから唱え損い無いようにせよ。よう聞き分け。』 これは南無天理王命ではなく

南無天照皇大神宮と唱えお願いしなさいと言う事です。ご存じの通り教祖直筆の御筆先に

天理王命は一度も出てこないし使われていません。☆

M26・1・13 六頁 P1696 年限知らんからどうもならん。この残念さ何とも知れん。

☆これらのおさしづは大神様が言って居られる事です。どうされますか。知らないでは通

らないと思いますが。私は知りませんでしたと言う人がほとんどでしょう。無視し続けら

れますか?中には分かっちゃいるけど止められないと言う方も大勢居るでしょうが困った

ものです。ここでしっかり切り替えられたら如何でしょう?

明治五年御教祖様は七十五才で七十五日間、穀物をたたれわずかの野菜とミリンで通され

ました。ご存じでしょう。本地垂迹の話、助造事件はひな形です。明治五年から七十五年

は昭和二十一年に成ります。赤衣初着して人間甘露台宣言された年です。神一条の道に誕

生されて神一条の道が正式に始まりました。年限通りですから何も不足も文句も有りませ

ん。成〜る程な〜こう言う事だったのか!と納得ができます。☆

    ☆御筆先の証拠の付く歌を上げてみます。☆

御筆先三号 26 はや\/とみへるはなしであるほどに これがたしかなしよこなるぞや
(旬刻限が来たら見えてくるから その通りに成って来たら 確かな証拠である)

八号 110(87)なにゆうもしんじつなるのしよこふが みえん事にはあとのもよふを
(何と言うても旬が来て人間甘露台が出て来ない事には(証拠)世界助けが出来ない)

九号 55 これを見よたしかに月日じきもつの あたへしいかりたしかわたする

九号 56 どのよふな事でもたしかしんじつの しよこなけねばあやうきい事
(この御筆先は人間甘露台が天より本授けを頂いた証拠であります。)
 注 人間甘露台に本授けを受けなばなりません。

年限については順序をあきらかに申しますと 大正元年(教祖百十五才存命の理の切れ目

)より昭和十二年は人間甘露台建設大神様思惑の年

昭和二十六年、この年は神の思惑の一日であります(天理教、本道、神一条が一ツになる

様 おさしづに日の立て合いと言うてあります)

御筆先三号113 今迄の事は何もゆてくれな 二十六日に始めかけるで

御筆先七号 46 真実の心あるなら何なりと 早く願へよすぐに叶ふで

大正元年より昭和二十一年は三十五年になります。 かくれはしり年限でこの間 かくれ

て御教祖は人間甘露台を育て事情に付きそうてお仕込み下された年限であります。

その証拠はは明治三十二年二月二日夜のおさしづに 前略 三十五年始めかけたなんでも

かでも始めにゃならん、だん\/一寸「中略」三十五年後九月十日以来、道すじ杖柱とし

て理を始めかけた。どうでもよいと思うてはならん。よう聞き分け「下略」

この三十五年の年限は大正元年より昭和二十一年になる。

天保九年戌の年より昭和二十一年戌の年は百十年になります。この間おさしづの中に伏せ

込んでありまして、昭和二十一年戌の年に赤衣初着式を挙げた年であります。神一条にて

人間甘露台の道中、年限は一点一分一厘違わぬ指金を持って神一条の道に産まれたのであ

ります。     ☆御筆先の証拠について並べてみます。☆

十号 73 しやんせよくちでなに事ゆうたとて たしかなしよこなくばいかんで
人間甘露台の話を聞いてよく思案せよ口でどんな事言うてもたしかな証拠がなければあぶない。  注 御筆先、おさしづ通りでなければならない。

十号 79 このやしきかんろふだいをすへるのは にんげんはじめかけたしよこふ
天理教の甘露台は記念碑として据えたのであって泥海古記の年限6×9 五十四年たって末法満年(昭和十七年)に泥海世界に人間甘露台として出現する事。 大神様の大掟であります。

十二号 105 月日よりやまずしなずによわらんの はやくしよこふだすとをもへよ
月日大神様は病まず死なずに弱らん様、早く証拠を出したいと思っておられが一列の人は大神様の大計画の大旨を知らんから素直にしっかり聞き分ける様。

十二号 110 心さいはやくわかりた事ならば そのまゝすぐにしよこだすのに
人間甘露台さへ早く踏み止めたならすぐに証拠を出すのに (人間甘露台は年限の確かな証拠を持って出て来るから)

十二号 115 このたびははやくしよこふだしたいと ゆうているのをなんとをもうぞ
大神様は早く人間甘露台の証拠を出そうと思って言うているのをなんと思うて聞いているのか

十七号 9 にんげんをはじめかけたるしよこふに かんろふだいをすえてをくぞや
文久二年(お里様産後の患いから引き寄せ)元治元年(本席様も入信)明治十五年(本席夫婦名実共にお屋敷に住み込み)人間甘露台を伏せ込んだ証拠に雛型の甘露台を造っておかれた。

十七号 53 このたすけどふゆふ事にをもうかな やまずしなずによわりなきよふ
この助けとは病気せず弱らず長生き出来る様にご守護下さる。

  54 こんな事いまゝでどこにない事や このしよこふをしらしたさやで
こんな事は今迄どこにもない事であるが神一条より甘露台出現がこの証拠である。

親里、ぢばとは人間甘露台親様の事を言って居られる事が分かれば有り難いのです。

地だけなら昔からも同じ事と仰せ有りますから今の所は稽古(練習)している物と理解できれば結構と思います。みかぐら歌十二下りは人間甘露台建設の歌です。

助かりたかったら、助けたかったら人間甘露台に縋りお願いする事です。
 

№8 資料からお伝えします。

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月13日(金)12時11分55秒
  資料からお伝えします。これはHPの甘露台についてと同じです。甘露台図解はHPで

人間甘露台と言うは如何なる者であるかと言う事を詳しくお知らせ致します。

人間甘露台と言うは一ツの理、中に治まるものであります。なれども心澄ます為に月日が
入り込んであちらこちらと連れて通りて苦労の道中を見せたり聞かしたりして仕込んで歩

いたのや、この世最初から仕込んで来てある。 何も此の一代に効能も位も持って帰るの

やない。 手柄さしてやない。 心澄ましてさへ帰ればよいのや。 いっさいの事は年限

来るまでに、仕込んであるから其のために鎚も道具、どんな道具もあたへて仕込んでいた

中に、月日親様入り込みといて、といてときつくして育てヽ通り居る、又そうしてあった

のや、是れ知らんから皆めいめいに色々の目で見て、あんなこと言うていると人間では思

うて居るが、月日が仕込んでいる事知らんからあんな事という。 何にもどうこう道、見

せた事もあろうまい。 これ不思議というて目に見せた事も有ろうまい。天理教の御教祖

様の御道とは違うている。何が違うというなら功を積み下されるのも御教祖様である。

人間甘露台に付きそうて長年育て下されて 今日の日、神一条のため人間甘露台の道を始

めるために月日入り込んで思いを重ねたものである。『効やのうて月日入り込みの社で元

の理であった』とご神言の中に書き残し下されてあると教え下さるのであります。

  ☆星についてさとしてあります。(北極星=甘露台)☆

この星どんな星、北極星という 働かぬ星 働く事出来ぬ星、又動いては用無し星とも言

えば世にも困る星とも言う。 何も効をなす星やあろうまい。働き星とはちがう、ただ目

標となるばかり 標準となる「斗」り台と思へば真ともいう それで台に昇りて此のたび

月日の働きにて、人間甘露台に入り込んで世の立て替えという その台に入り込んで生涯

天の思召しを伝え下されるというてある。 「以」という一点の理も同じことイザナギと

イザナミとの真ん中の一点は此の世の元の因縁という。 同じ人間という中に一ツの「印」

をしたは中という。 台として、是まで月日様と岐美様がかヽへ来た年限経って母様と一

ツ住居の身の内という。じっくり月日がかヽへて末代標準という。これを人間甘露台とい

う。 どの神様がどうなったからどうやこうやない、どうでもこうでも是は人間甘露台に

年限きたらこうという。 不思議生まれ子として出現さして世の初めより定まりありた理

そこで親代りともいう。 そうなければ天の月日様御楽しみない。  すれば日様同じ事、

真というは小さいもの細いものという。 めいめいの心につヽしみてふみ止めること第一

である。台というはかたいもの、低いものやさしいもの、心の広いもの深いものというは

へだてないのが大きいという。細いというは小さいというめいめいの心身のつヽしみて足

納という。  甘露台というは土地に立ったている。そうして八尺二寸(元治元年より八

十二年は昭和二十一年になる)床の上から見ればどんな小さい低い人よりも低いで、是れ

が人間甘露台の精神である。理は天つき通しであるからその人の理は人間より低い様で一

番高い 又心は充分低いから月日入り込み下された。 「甘露台とは月日大神様の大御心

にかない それ故に月日入り込み社として名を人間甘露台と稱するのであります」

どうぞ宜しく聞き分けて下さい。      合 掌

 神一条教本部  神一条打明場所本部    玉水仙

   ☆補足、年限をチョットお伝えします。☆

甘露台親様は明治二十二年丑八月三日旧七月七日土用丑に日 織り姫、糸繰り姫として
                     (牛)(獅子座)(七夕)      (神様の教えを縦糸に人間の
心を横糸に織りなす姫・綺麗な神一条の曼陀羅が織りあがる)(糸繰り姫とは縺れた糸を

解きほどく、経典、聖書、御神言一切の角目々々の解き口を教える) 誕生された。

牛について御筆先四号 18今迄の牛の先道をもてみよ 上たる所みな気をつけよ

この御筆先の15〜20を参照して下さい。 赤牛がぢばに運んでくるとも牛に引かれて善

光寺参りとも言っています。牛は甘露台親様の事をほのめかして置いたもの先で出現する

と言う事です。長野に行くだけなら物見遊山と言う事でしょう。

人間甘露台の本55頁から引用します。 天理御教祖ご存命中に「赤牛がお地場へ運んで

くる」と仰せになったように人間甘露台は丑の年生まれです。キリストも牝牛であること

は創世記第41章の2節にみられます。「視るに七つの美しき肥えたる牝牛(七柱むほんの

心を払い清くする人の子)河よりのぼりて葦を食う」とあり、この河をのぼる牛(水牛)

は穀物をこなす(神のお言葉を解く)・・・・・水牛なのです(申命記第25章4節)

甘露台親様は(山城)京都の西陣に誕生されました。 これが一宮です。

今は乾隆小学校に成っています。この南側には空海様(弘法大師)が苦労のどん底の時に

観音様と地蔵様を彫刻して建てた苦抜き寺・・今は名前が変わって釘抜き地蔵と言われる

寺があります。高野山と京都を結べばいろは四十九文字が見える。真言宗はいろは四十七

文字で唱えます。二文字の牟(吽)京(うんきょう)は真言秘密の経にされています。も

う甘露台親様が出現した時点で解かれました。

人、牛、獅子はエジプトのスフィンクスを指します。スフィンクスは北極星を指します。

ピラミット三つは北極星の上の三つの星を現しています。人間甘露台親様は北極星で月日

の代理で人間の代表であります。北極星とスフィンクスは人間甘露台親様の事です。

天保九年から二度目の二十六年が明治二十二年です。元治元年から二十六年は明治二十二

年で浅野豊七の次女として誕生された。姿は次女と書く。

文久二年おさと様三十二才で数え三十三才女の本役年から二十六年は明治二十年です。御

教祖中山みき様昇天遊ばされた。 二十、二十一、二十二を『三日目に甦るべし』(聖書)

甘露台三下りの一下り目の『三ツ 三日(みいっか)目より甘露が天より降りたとゆうわ

いな』とあります。確かな証拠です。元治元年本席夫婦初参り、つとめ場所建設から甘露

台の高さ八尺二寸は八十二年の年限で昭和二十一年になり赤衣初着し人間甘露台宣言され

た。文久二年から八町四方は八十四年の年限で昭和二十一年戌の年です。サイコロ3×7

二十一目です。鶏はひなから二十一日目に羽化するやがて鳥が鳴く!との事です。

天理教ではおさと様が本席様より年下(若い)と教えられていますがおさと様は二才年上

でした。昭和二十年がおさと様は百十五才です。昭和二十二年が初代本席様が百十五才で

した。 真ん中の二十一年に人間甘露台宣言されたのです。『これは此の世の始め出し

南無天理王命』おさと様が本席様の理を受けて二生重々の人間甘露台として出現して仏教、

基督教、天理教を三ツ一ツに纏めて、解き神一条の道を始めると言う事でした。それが天

理王命と唱えさせて置かれました。天理とは月日大神様の働きを言います。又月日大神様

の支配を天理と言います。私達は月日大神様の懐住まいで生かされて生きているのです。

私達は月日大神様の懐住まいさせて戴いています。

年限の詳細は安達に聞いて下さい。
 

C №7の教祖の道内から潰しているの補足

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月11日(水)17時36分42秒
  №7の教祖という道内から潰して居る

明治40年3月13日 百日さしづに9頁(P4629)

さあ皆用いるか\/用いねば世界へどうして詫びするか\/。これ知りて居るか。年限数

えてみよ\/。いつまでこんな事で通るか。道は、皆継目あるで\/。継目知りて居るか

\/。知らずに何と呆けて居る\/。 皆んな取損ないして居る\/。教祖という道内か

ら潰して居る。世界の道で立ってあるか\/。学問で立つと思うか。・・・『とまあ、教

祖の道内から潰してはトホホじゃありませんか?』

 御筆先・おさしづを拝読されても気が付かない、お手振りをしてもなにやら分からん

昔から教えられた事を実直に続けて居れば陽気暮らしなのだと思いこんで居られるのが気

の毒でなりません。 №4 でお伝えした明治二十一年三月九日 旧一月二十七日のおさ

しづに『充分の道といへば 世界からつけにくる』と有りました。

『さあ\/判らん\/何時までも分からん、どんな事も聞いておかんならん、充分の道と

いへば 世界からつけにくる、にごりた\/道でどんならん』見なかった事にしょうで通

されるのでしたら親神様、教祖様と呼びかけても届きません。

 道の継ぎ目とは雛型の道、道理上の道、応法の道、神一条の道の事です。未だに天理教

は応法の道を通して満足して居られますが教祖様の思惑とはかなりかけ離れてしまってい

ます。天理教は何年経っても手本ひな形、学び、稽古の道ですから練習をしていれば良い

と言う事でしょう。

天の理の教えの根源は何でしたか? 神一条の道では有りませんか?

道の継ぎ目と流れは天理教→大本教→ほんみち→天理三輪講→神一條です。しっかり聞き

分けて頂きたいと思います。

御筆先、おさしづを良く拝読し研究すればハッキリ分かるはずです。泥海古記の山城、い

が、河内は甘露台親様の年限道中です。999999は6×9=54年の事です。

本席様は6月9日に出直されました、これは念押しての神の思惑です。

(一宮18年、二墓18年、三度三腹これ参り場所18年)三度ながら九十九年とは18年を

三回繰り返す事です。 昭和十二年は天理教百年祭で百姓第一助けたい。百年祭に女が生

まれると言う事でそれから五月五日に確か出て来る。12+5=17、 17、18、19、20、21

天保9年戌年から昭和21年戌年は百十年で一丈一尺の注連縄を切って神一条に誕生され

た。 此の話の続きは次回に廻します。

天理教が教えている神一条と月日大神様が指定している神一条は違いますのでしっかり、

調べて下さい。よろしゅうおたの申します。
 

№7 資料△らお伝えします。

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月11日(水)15時32分58秒
  資料△茲蠅伝えします。

御筆先三号 18 今までにない事始めかけるのは 元こしらえた神であるから

明治二十二年四月十八日(おさしづの中に)

前略・・・道が変わると云へば案じる、さあ\/いつ\/までの事情(まんごう末代まで

の事情、大かん道)大かん道を待ちかねる、何か一ツの始めかけた一ツ事情から始めかけ

た元一ツの事情から(大神様は世の元を現すと有るから天理教の道はひな型の道であると

仰せられてある事をよく\/聞き分ける事)   御筆先六号 1 に

  この度は珍しい事をゆひかける 心しづめてこれきいてくれ

2 何事も神のする事云ふ事や そばに心配かけることなし

3  このはなしどふぞ真実一列は 心しづめてしょうちしてくれ

4 この道はどふ云ふ事に思ふかな この世治める真実の道

と書き残し下されてある事はよく\/思案せねばなりません。

さあ\/天理教会やと云ふて、こちらにも始め出した おふぼう世界の道、是れは一寸の

始めだし(天理本道の所一と仕切り)神一条の道はこれから始めかけ元一ツの理と云ふは

今一時と思ふなよ。今迄に伝へた話、甘露台と云ふて口説き\/つめたる。さあ\/これ

より速やかな道から、いんまに甘露台立てにゃならん、立てんならんといふ道今にあると

云ふ(明治二十二年四月十八日午後十時 刻限御はなし)『此の御指図や御筆先は一ツを

明らかにせねば神意は分かりません、よく聞き分けて下さい』=元一ツ事情とは=此の世

最初の神様を仰せ有る事をよく\/聞き分けねばなりません。

日本古事記の中をよく探究する事で有ります。神一條人間甘露台の所よりくどき\/お知

らせしてあります。昭和十六年より昭和四十八年迄かゝりて御指図や御筆先の中より真実

をこめて御通知致したので有りますが今日に至っても聞き分けもありませんので、いよ

\/世界一列にお知らせゝねばならん旬に及んで来ました。元一ツの事情と仰せられてあ

るのは日月天照大神様は皇孫(スメミマゴ)を言壽(コトホギ)給ひて大八嶋豊葦原ノ水

穂の国は吾が子孫(ウミノコ)の王と申すべき地なり孫(スメラ)我が御子皇孫命(ミコ

スメミマゴノミコト)就(イデ)まして、これの天津日嗣(アマツヒツギ)の高御座 (タ

カミクラ)に 即(ツ)きまして安国と平らけく治めまして斎庭(ユコク)瑞穂(ミズホ)

を萬千秋(ヨロヅチアキ)の長五百秋(ナガイオアキ)に聞食(キコシメ)せと語り給ひ、

又此の時大御手(天照大神様より御手づから授けになった) 八咫の御鏡(ヤタノミカガ

ミ)を捧(ササ)げ持ち給ひて此の鏡は専(モッパ)ら吾が御魂として(天照大神の事)

吾が(天ノ宇受賣の神に)(アメノウズメノカミニ) 御前を斉(ウズ)くが如く同じ御

殿(ミアラカ)に同じ御株(床)(ミユカ)に鎮(シズ)まりまさしめて斉(ウズ)き奉

り給へと(大神様よりニニギの命に(天ノ宇受賣の神)御命令あり天津日嗣(アマツヒツ

ギ)隆(サカ)えまさん事は天壊無窮(テンジョウムキウ)なるべし。

日月天照大神様の御子は太子(ヒツギノミコ)天ノ忍穂耳の命(アメノヲシホミノミコト)

の御子(オンミコ)は日子番能邇々藝命(ヒコホノニニギノミコト)なり(お役目の名な

り)此の御子に天降りまさしめて世の泥海の世を治める事を仰せつけられたのであります。

日月天照大神様より八咫の御鏡(ヤタノミカガミ)を授けられて上は高天原を光(テラ)

し下は葦原中津国(アシハラナカツクニ)を光(テラ)す神是(ココ)に有り故(カレ)

こゝに天照大御神、高木の神の仰せられた事を以て天ノ宇受賣の神が天降ります時に大神

様よりお前は手弱い女であるが大神様の大聖旨をまっとうする者で誰にも負けない女であ

るから下界に降り行きて吾が御子の天降りまさんとする道を誰か居ると云へと詔(ミコト

ノ)りたまひき、天ノ宇受賣の神が教えられた通りに聞き給ふた時に答へて白(モウ)さ

れた。僕(ワレ)は国ツ神、名は猿田毘古の神なりと居出いる所以(ユエ)は天ツ神の御

子天降り坐すと聞きつる故に御前(ミサギ)に仕奉らんと参向へ侍(ソウロ)ふぞと申し

たまひき、天日子忍穂耳の命(アメノヒコヲシホミノミコト)は天照大御神様の其御孫で

ある。御孫子は(天ノ宇受賣の神は天照大御神の御孫子)後に媛女の君と名付け下された

ので有ります。

天理御教祖は御筆先や御指図の中に元一ツの理は人間甘露台が出現して三教の御聖典を一

ツにまとめるのでこそ天の岩戸の扉を開く事が出来るので有る。

天理教の三軒三棟は一ツのひな型を示された丈の事であります。大神様の大計画の大聖旨

は個人事では有りません。大神様の大聖旨は天理教祖が一切の御神言の中に伏せ込んで末

法萬年の世に人間甘露台が仏教、基督教、天理教の三教を一ツにまとめて天の岩戸開きを

するように仰せられてある事をしっかり聞き分けて天理教祖様の大聖旨を知らせねばなり

ません。   御筆先 六号

4 このみちはどふ云ふ事に思ふかな  此の世治める真実の道

64 今迄も月日のまゝであるけれど  日が来たらんで見許していた

65 この度はもふ充分に日も来たで 何かよろづをまゝにするぞや

66 それ知らず高山にては何もかも なんと思ふてまゝにするぞや

68 どのやふな事を云ふにもふでさきも  月日の心さしづばかりで

69 高山は何を云ふて思ふても  皆人間の心ばかりで(天理教の人等の事)

御教祖様の大旨を聞けてこそお喜び下さるのであります。人間の心はさら\/持って居り

ません。    御筆先  七号の1

 月日より三十八年以前にて(人間甘露台三十八才の事)  天降りたる元のいんねん

2 月日よりそのいんねんがある故に 何かいさいを話したいから

3 上たるはそれを知らずに何事も 世界並みなるやうにに思ふて

 御筆先 八号 60 (37)人間を始め出したる此の親は 存命でいるこれが誠や

61(38)此の話しこれを誠に思ふ者  どこの者でもさらにあるまい

62(39)此の様なない事ばかり云ふのはな  是が真実皆誠やで

御筆先 九号 24 今迄は三十八年以前から 胸の残念誠気の毒

(昭和十二年御教祖の大旨 人間甘露台建設を仰せられた年より昭和四十八年は三十八年

になる。今度は本普請に掛かる年)

25 此の度はどのような事もしっかりと 皆一烈に知らす事なり

26 知らするも何を知らすると思ふかな 元なる親をたしか知らする

27 このよふな事を云ひかけ知らするも  何の事やら誰も知ろまい

28 このよふの一列なるに真実を 助けたいから知らしかけるで

29 今迄にない助けをばするからは 元を知らさん事においては

甘露台の学びとして昭和元年に三十八才より昭和十二年には人間甘露台の普請にかゝる様

との御教祖様の大聖旨を聞き分ける事をせずに今日の日になっても中々御教祖様の御胸の

中を知る事出来ず神一条より何十年お知らせしても聞き分けして下さる事なく今日の日に

及んでいます。御教祖様に何んとお詫びなさるのか申し訳の言葉もないと思ひます。

御教祖様の苦労艱難の御道あってひな型の道が成り立ってあるのです。勝手の道は何時ま

でも神は通しません。よく\/御思案なし下さいまして、神一条人間甘露台のお伝へ致す

事をしっかり聞き分け下さいまして、お返事をお待ち申し居ります。

いよ\/本普請の旬が当来して来ました。教祖様の付けられた道内からつぶしていると仰

せられてあります。疑う心なく素直なる精神にてしっかり聞き分けて下さいませ 敬具

昭和四十八年三月二十八日  玉水仙

天理教御本部殿

この資料は平成十九年の今年から三十四年前に天理教へ伝えられた人間甘露台親様のお便

りです。 中山みき御教祖様入り込んでの直々のお便りでした。気が付きませんか?
 

B 蜂の一刺し ささやか成る一声

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 8日(日)00時15分18秒
  決して歓迎されないお指図を挟んで置きます。一人でも目覚めて呉れたら有り難いです!

M22・1・15 P328・・・めん\/さっぱりと思わく立たんから潰そうと言うて、あ

ちらへ廻りこちらへ談示して。さあ\/しっかり聞け。何時分からん。何時人間というも

のは、分からん者に分からん者が付く。世界の悪肥え、だん\/思やん付け。天理教会や

ってみよう。一つ道だん\/悪が添い、天理教会、めん\/も天理教会同じ一つの理を祀

る。皆人間心を寄せ、だん\/心を寄せて相談する。今から難ない中に思やんある。何名

の中多くの中、一人の身一つ計らう一つの理に、又計らえばよかろう\/。さあ\/よか

ろう\/どうでも一つ運ぶ処、悪の司、今に吹かそうか、明日に吹かそうか。日々押され

てる悪、とんとさっぱりなあ外れた。又中に悪一つ立て替え。締まれ\/。 何でもめん

\/何でも一つ集めて来る。相談々々、悪の相談して居る処が見えてある。知らんから身

に知らせある。この理、諭して置かねばならん。余程用心頼む、すっきり出せん。悪の処

悪の理が寄って居る。さあと言うばさあと言う。おうと言えばおうと言う。日々悪がめん

\/手柄と言うから、用心手当せねばならん。日の暮れ\/用心せねばならん。・・・悪

が取って了うたら、一名一人ばら\/。

M22・4・18さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道これは

一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と云ふ

は今の一時と思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき \/

つめたる。

M24・7・23  P1134 まあよいは\/人気々々世界々々、誰々天理教会には押し手は

無い、事情は皆世界で集まりたる処、これで盛大や\/と思う心が間違う。

M26・1・13 六頁 P1696 年限知らんからどうもならん。この残念さ何とも知れん。

七頁 ふでさきにも出てある。十二下りの理にも出てある。十二下り出て居る。この事情

からはい\/この事情から聞き分け。たゞ一度の道じゃあろまい。通りたら分かる。・・

・・遠慮気兼は要らんと言うたる。頼み置いる一つの理、十二下り一人の身體より治め来

たる處、誰が頼りであるか、一人の目当てに入り込んだる。

M27・4・3 P2058・・・話にも伝えてある。ふでさきにも伝えてある。話一字々々の

事情調べたら分かる。ふでの理に知らせたる処も皆分かる。何遍諭してもくる\/と巻い

て納して置く、どうもならん。・・・神の道を一つも立てず、あっちの顔を眺め、こっち

の顔を眺め、人間の義理を立てる。神の道とは言えようまい。

M32・11・2 P3368・・・実々どんな道が付くとも計られん。何でも諭さにゃならん。

うっとしいてならん。明らかなるめん\/心から、どうもならん。いかな事も聞き分け。

重なりたら、間違いの理が重なれば、どんな事もこんな事もある。一人残してある。皆の

者も、皆手を打たねばならん\/という理を一寸諭し置こう。

M33・10・16 P3889 人はどうでも、めん\/一人なりと、神一条の道より無いと治

めてくれば、神一条の理ある。皆手を打って勇んでくれるがよい\/。おらもうよいもう

よいと言うは、手打ってくれるに及ばん。

M24・2・20 P979  ・・・・・まあ\/何でも彼でも潰そう、取り払うと思えども

神一條の道は目に見えないものを払う。一寸払うても後へちゃんと理が座ってある。

M28・10・7 P2343・・何(ど)っからどういう者出て来るやら分からん。いつとも

分からん。分からん先から諭す。あってから諭すやない。さしづ通り皆成ってくる。

どうしてもおさしづを調べなければならない事を分かって頂かなければ成りません。

☆神の道を一つも立てず、あっちの顔を眺め、こっちの顔を眺め、人間の義理を立てる。

神の道とは言えようまい。☆このおさしづに仰せ有ります通り天理系信者の99.9%まで

情に流れて神様に逆らい続けるでしょう。また、一寸道が付き掛けたら硝煙に火を付けた

ように神一条の道が広がるとも仰せ有りますから慌てず、じっくり待ちましょう。
 

A'プラスαとして

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 7日(土)15時34分24秒
  一つ前のAでお伝えしましたものが要約されているおさしづです。ご確認下さい。

明治28年5月22日 朝 前川菊太郎副会長選定の願 六二頁 P2276

さあ\/尋ねる處\/、まあ\/どんな談示どんな事情、日々それ\/心に掛かり、心使

い、よう\/分かり話し合う處、尋ねた一條ちゃんと皆戻らんという精神を定めて尋ねた

ら、こういう諭しは初めてする。会議々々と言うて働いても\/。用いて貰わねば、働き

損のようなもの。世界の道は実を働くで。鮮やか鏡やしきの理も立つ。これまでの處は、

何をしたんやらというようになれば、理の持て行き所は無い。こういう話は初めて聞くや

ろ。これより始め掛けた理に基づき、今までの人間の心を以てするから、神の理が缺ける。

薄うなりてからはどうもならん。こんな事情初めやで。始め掛けたら治めにゃならん。

まあ\/一つこれもこうせにゃなろまいか、と思うやない。皆さしづする。

これまで人間心を以てするから、縺(もつ)れ縺れて持ちも提(さ)げもならんようにな

る。これから始め掛ける。筆に留め\/、筆に留めたら、その理に定めにゃならん。

夜も寝られん程会議をしても、用いねばどうもならん。縺(もつ)れ\/の理はどうも受

け取れん。受け取れんから困る日がある。取り返やす事出けんようになりたらどうもなら

ん。未だ\/だんない\/と人間の義理を持つからどうもならん。これまで席と定めだん

\/話伝えたる。何程留めても理が治まらねば受け取れん。不承々々の理は受け取れん。

よう聞き分け。この者一人放って置けん。擔(担)い柱控え柱と言うば、皆一時以てこう

せにゃならんと思う處、今一時に聞いて、諭する事は一寸に出来ん。又々旬を見て話し、

旬が来たなら刻限という。刻限は旬を外さんための刻限。刻限の話し皆伝えて筆に留めて

ある。なれど、皆外し\/て来た。筆に記しあっても、これは一寸こうして置こうと言う

ようではどうもならん。ならんからこういう事になる。刻限以ての話、さしづ用いねば、

尋ねは要らんもの。今までの處過ぎたる話、取り返やしはならん。何でも彼でも救けにゃ

ならん、救からんやならん。なれど、救からんというはどういうもの、よう聞き分け。

これまで長い道中という。どうしよう知らんというような日もありた。さしづこれなら違

うまいと、これまでの刻限調べば、成程こうという理も分かるやろ。これ分からねばなら

ん。これから話する、よう聞き分け。皆んなそれ\/まちまちの事情改めて、一時を以て

掛かれども言い難くい\/。なれど、要らんとも言い難くい。刻限を以て諭そう。

刻限何時とも分からん。筆に留めたり理より頼りにさえすれば、何も言う事は無い。なれ

ど、刻限のさしづ、ぐる\/巻いて置いて納(しま)い紙の色の変わる程放(ほ)ってお

いてはどうもならん。そこで、これまでにも遠慮気兼は要らんと伝えたる。遠慮気兼は理

の集まらん種である。夜々費やした處が何にもならん。これよう聞いて置け。後 略

このさしづは未だ続きますがこれだけ読めば神様の胸の内は分かるでしょう。まだまだ面

白いさしづは沢山あります。知りませんでしたでは許して貰えません。

おさしづに従わなければならないと言う事を聞き分けて頂きたいのです。

どの様な立派な堤でもモグラの穴一つで崩壊します。隠しても包んでも皆知れる。素直が

肝心ですね!親心を聞き分けて下さい。そんな小さい物では有りません。

よろしくご理解の程をお願い致します。
 

A,振り返って確認を!

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 6日(金)16時08分27秒
  隠しても包んでも皆知れると言う題でお伝えしました物です。もう一度心に止め

頂けましたら有り難く思います。もうすでにお目通しされた方は再度ご確認下さ

いますようお願い致します。。

天理教を信仰するようになった理由はどうあれ原典に従う事ではありませんか?

みかぐら歌、おふでさき、泥海古記、おさしづ通りでないと安心は出来ません!

御筆先 九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで

おふでさきは拝読されておられるから覚えて居られると思いますが・・・?

おさしづの重要性は一読で分かると思います。まずはみかぐら歌で伝えられた神意は?

よろづよの世界一列見晴らせど 胸の分かりた者はない、ですね、天理教では未だにみか

ぐら歌に節を付けて歌い身踊りをされていますが、何のためにお手振りが付いているのか

分からない様です。 胸の分かりたは扉を開く手です、扉を開いた後はどうなったのでし

たか? 教祖扉開いて十二下り目の一ツ 一に大工の伺いに何かの事も まかせおくと仰

せ有りますから当然、大工である本席様から出されたおさしづを調べ、その通り用いない

と親神様を無視した目くら信心に成るのでは有りませんか・・・?

☆大工とは飯降伊蔵本席様夫婦の事である事は分かるでしょう?☆気が付いて居られるで

しょう。大切な事です。 明治40年から百年経ちました。どうしてこんな事を伝えるの?

と思われるでしょう!  明治三十三年九月九日のおさしづを見て下さい。

百年の先の事言うて置けば・・・・・って書き残してあるでしょう。もし親に逆らったら

(M27・11・13)さしづと寿命と引き換えやで\/。・・・さしづと寿命と引き換えると

いうは、なか\/の理やで。と伝えられています。お手振りは命の切り替えでしたね。


知りませんでしたでは通りません。月日退くって!こりゃ!大変だ・・・ッ! もう一度、

繰り返し一部を並べましょう・・・! しかと拝読して下さい。

それでは先ずはおさしづの定義として(M25・2・18)さしづの理はたった一つの理を諭

してある。なれど分かりゃせん理のさしづには違わんという理を取らにゃならん。身上に

事情と言えど事情による。☆☆☆☆☆

(M30・2・25)さしづというはこれまであれこれさしづしてある。なれど反故同様(ほ

ぐどうよう)。一つ緩む(ゆるむ)二つ緩む。だん\/世界聞き分け。相当なるさしづ選

り分けてくれ。選り分けてくれ。だん\/それこれ選り集めるなら、一つ理から自由(じ

ゆうよう)とさしづして置こう。

☆(M25・6・4)幾重のさしづもあろう。引き合わせてみよ。成程の理も分かる。☆
☆このおさしづを理解し神意を聞き分けて頂きたいと思います。☆

(M22・10・25)さしづ通りすれば間違う事は無い。

(M22・11・6)刻限の理というは、違うという事は一つも無い。どんな事もこんな事も一つの理に止まる。

(M23・11・21)義理やと言うて、さしづより外に一つの道も無い。

(M23・6・20) 人間の義理に尋ねるなら要らん事。さしづを外せば尋ねるまでやない。

(M23・11・23)さしづという、をやの代わり、をやの代理という理。

(M24・1・30)隠しても包んでも皆知れる。

(M24・2・8) 前々さしづ、一寸まあ反故同様のもの、それをほって置いては何よの

諭も出来ようまい。(M24・2・10)さしづより治まる処が無い。

(M24・7・28) 神が許してこうという理は一つも用いてない。互い\/理を崩し、日

々の処さしづとも言うまい。神一条さしづより外の道を通る者は分けて了まえ。

(M24・11・25) 互い\/知らし合い、互い\/研究諭し合い道という。

(M27・1・25) さしづ一つの理に集めるなら、どんな事でも集まる。

(M27・6・17) 何ぼさしづ貰うてもさしづをくる\/丸めて何もならん。

(M27・11・13)さしづと寿命と引き換えやで\/。さあ\/あちらへ往ぬという理は、

分かろうまい\/。どんな事も尋ね、泥かいばかりの道を運んで居るからどんならん。間

違うたらどうするぞ。さしづと寿命と引き換えるというは、なか\/の理やで。これまで

間違うたさしづはあるか。

(M28・5・5) さしづは神がするのや。人間の理を以て諭するやないで。

(M28・5・22)夜も寝られん程会議しても(さしづ通り)用いねばどうもならん。

 刻限は旬を外さんための刻限。

(M29・3・21)十年後一つの理、分からんから、さしづは邪魔になる。・・・腐りたさ

しづも起きて来る日があろ。

(M29・3・24)人間と人間とどうこう言うならさしづは要らんものや。

(M30・1・13) 用いる者が無いから、身上さしづにも刻限ちょい\/混ぜたる。

(M29・3・24) もうさしづ止めようかと思うて居る。用いんさしづなら、したとて何

の役にも立とまい。さしづは人間心ですると思う心が違う。心が合わんから疑わんならん。

(M32・9・7)道という理、さしづあって道、道あってさしづ。

(M32・12・29)さしづこうやけど、どうもなあ、と言うようでは天の理に背く、教祖

一つの理にも背く。

(M33・12・17) さしづを棚の上にのせてあるというようなことではどうもならんで・

・・棚の上にのせてある間は見ていられるなれど、尻に敷くというようでは何を思うての

道か 何を聞いての道か 何を楽しんでの道か さあ心にはまらにや尋ねかやせ 。

(M28・5・22)刻限いつともわからん筆に止めた理より便りにさへすれば何も云(い)う

事はないなれど刻限のさしづくる\/まいておいてしまい紙の色のかわるほど ほってお

いてはどうもならん。  心痛みませんか????

(M30・1・3)勝手の悪い事は底のけである。 枚挙にいとまがありませんのでこの辺

で止めます。さて、おさしづ通りしないと親神様、教祖と言っても通用しません。開き目

くらと言われます。チョットこれだけのおさしづを目にされただけでも心苦しいのでは?

おさしづにこの様なことが書き残されていますがこれらを無視されましたら皆さんの言っ

て居られる事は親神様をないがしろにした勝手気儘通している事には成りませんでしょう

か? お尋ねします。もうすでに天理教の役命は終わっています。おふでさき、おさしづ

を拝読し研究すればハッキリ分かると思いますが・・・隠しても包んでも皆知れる。

親神様、教祖様が何時まで見許して下さるかです・・・!願わくば早く親様の思惑を聞き分けて頂

き、よろしくご理解下さる事をお待ちしています。
 

チョット 寄り道します。

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 6日(金)00時59分23秒
  ここでひと休みします。 月日大神様は神一條の道を付けて用木暮らしに立て替えるのが

目的です。用木暮らしで陽気に成るのです。陽気暮らしでしたら一握りの人は陽気かも知

れませんが多くの人は支えに回されてします。まさに今の天理教がそれであります。一列

のようで一列でない、ピラミット形に成っている。ですから山を刳(く)り抜きろくぢに

建て替え、立て直すと言われたのです。 神一條の道を河内から始めると仰せの通りに。

明治二十四年一月二十三日 午前一時 刻限御話 (十九頁、P941)

さあ\/\/\/、これ\/どんな事もこんな事も、これまでは神一條で始めた道を人間

の心で始めたように思うて居れば、結構と思う。神一条の道とは何かの事も聞き取れ、古

き道にどういう事も聞かそ。だん\/幾重休む處もある。今一時ならんと言えば、向こう

へ\/走って行くような道を通して来た。人間の心はどうもならん。人間の思う心ではな

にもならん。おかしい事を言い掛けると思うやろう。もうどんならん。もう\/めん\/

勝手を尋ねる。先々の處、どう成ろうこう成ろうと、案ぜ\/の道を通して来た。これま

での道というは、五十年以来の道は何でもかでも通りて来た。言わば腰掛けたような道や。

まあ\/長い間の處にてどんな事もだん\/仕込もうと思えども、そこまで行かなんだ。

そこで一つの道を変えた。今まで聞いた道、腰掛けたような道、人間の心で始めた道か、

尋ねてみよ。神に尋ねるのやない。人々心に尋ねるのや。さあ明日早々伝え合い、しっか

り談示せん事には、何を尋ねてもすっきりいかんで。さあこれだけ諭し置く。

(M21・9・30)さあ\/又々刻限々々で知らそ。世上の理は今までにも何処にもある。

急がいでも\/よい\/。 神一条の道はどうでも付けにゃならん付けさヽにやならん \/。

(M21・7・11)そこで、神一条の道 聞き分けてくれ 。何でもない處からだん\/道を

つけてきたる處、前々より皆伝へてある。そこで往環道通り難い細い道と通りよい 皆こ

の度の處、本部の方へ掛け合え\/。どうでもこうでも神一条見せねばならん みにやな

らん \/この度皆世界から押されるから、一寸細い道を許したもの。どうでもこうでも、

一つの道通らにゃならん。そこで早く\/道を運んでしまえ。

(M22・10・23)さあ\/始め掛けてる處から、どんな事をするのも、神の道から始め

掛ける。何かの處も聞き分けてくれ。内々の事情どういう事も仕掛ける。始め掛けたら切

りは無い。どう言う事聞き分け。人間心の事情要らん。すっきり人間心要らん。これから

先は人間心すっきり要らん。もうこれから神一条という道を立てにやならん 、立てさヽ

にゃならん 立てさしてみせる 成るも一つの理、成らんも一つの理というは、前々に諭

してある。さしづ通りに通るなら、働き掛ける。どんな事もさしづ一つの理を以てするな

ら、どんな事も神一条の道を通るなら、通してみせる。・・・尋ねたらどんな事情も世界

も内も、一つ自然に出来て来るのが一つの理。神一条の道なら尋ね一つから始め掛ける。

遅れるから怖わい恐ろしい事情が出る。

(M25・2・18)治まる道は神一条の道である。神一条ならば存命一つの理、これ第一で

ある。

おふでさき二号 13 はや\/とをもてでよふとをもへども みちがのふてはでるにでら

れんとあります。建物を建てるには足場がいります。完成したら足場は取り片付けます。

よく思案して下さい。神様はこの事を例えて居られるのです。ぼちぼち年限証拠を出して

行きます。
 

№6 №5 資料,諒簑

 投稿者:安達  投稿日:2007年 4月 2日(月)16時59分15秒
  №5資料,諒簑として明治二十一年六月二十三日 旧五月十四日分  前略

甘露台一ツ人間定めてある。なんでも一日ある。楽しみあると云ふ事を治めて貰いたい。

   ☆中山みき様とは単なる名前だけではありません。☆

明治32年8月21日のさしづに『この道木に譬(たと)えてあるが人に諭す』と有ります。

一本の木を想像して下さい。根が親です、御教祖中山みき様はみき(幹)です。我々

は枝葉に成ると思いますが、お分かり頂けますか?

おふでさき 三号 90の歌に
日本みよ小さいようにおもたれど 根が現れば恐れ入るぞや  (根が親です)

明治22年1月25日(二一頁、P341)この根から始まり、何とも分かり難ない。古い新

しい一寸言えばさあ\/実を見てこうのう渡す、理を渡してある。

根と言う字は木偏に艮と書き、用木は丑寅(艮)から七柱大食天命の役を以て出現する事、

仏教では真仏(ミロク)そして虚空蔵菩薩の姿、月日灯明台、其れを真柱、人間甘露台と

して天理の母元から出現した。 聖書では七ッ星七つの金の灯台(人の子)一つの事を言

ってあります。大本教では艮の金神、七福神の弁財天如も同じで全て一つの事を仰せ有ります。

  御筆先 十号 22
 この台をどういう事に思ふかな  これは日本の親であるぞや
(この台とは人間甘露台の事)

  御筆先 十七号 3 では
この台をどういう事におもている  これは日本の一の宝やと仰せ有りました。
(この台とは人間甘露台の事)

☆甘露台は人間である。話をすると言う事。  神一条教で人間甘露台と言っているのは

 ☆明治二十一年六月二十三日のおさしづに☆
前略 甘露台一ツ人間定めてある、 何でも一日ある 楽しみあるということ 治めてもら

いたい。 このおさしづから来ています。 石や木の甘露台ではない事を伝えるためあえ

て人間を付けられた。甘露台は木や石ではありません。 それは雛形記念碑です。

御筆先 十七号 58
 このざんねんなにの事やと思ふかな   甘露台が一の残念
(木や石の甘露台記念碑なら何も残念な事はありません)

御筆先 三号 31
 親々の心違いのないように  早く思案をするがよいぞや (親とは甘露台の事)

御筆先 九号 45
 今成るの甘露台とゆふのはな   ちょとの雛形迄の事やで
(石や木の甘露台は)

 御筆先 十号 77
この度の甘露台といふのもな   これも今までしらん事やで
               (甘露台は人間である事)分かりますか?

  ☆さらにこの証拠はおさしづでは☆
☆明治二十一年六月三日のおさしづに ☆

前略  一ツ事情 分かりがたない 刻限理持って話する、是まで 急き立てたる理、 早く

甘露台珍しい事云いかけ、又始めかけ 甘露台一条せかいにある事はいわん。これから神

の云ふ様にする事、だんだん聞かす、 だんだんたちきたる(年限が)はんぜん理 分か

りがたない 是から天理運ばねばならん、 世界事情 世界ある道はいらん(各宗教は大神

の大旨が分からんから早く神一条を踏み止めねばならん)せいでもよいものや 通るに通

られん(人間思案の心では)世上理に迫る 一寸一ツさしづいついつまでの事情(天理教

も人間心ではならんから おさしづ一条で立つ神一条の道でなくばならんとある) 事情は

甘露台早くなるならんではない(神一条人間甘露台をつれて通るから早くふみ止めねばな

らん) 連れて通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界の理 この事は五十年以

来一年理をみてどう云ふ分かり (文久二年より大正元年は五十年の年限はひと仕切ると

仰せ有ります) 古き者を向かひ取り一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な理と云ふは、

古き者や、新しき者や一人ではない(明治二十六年にお里様ご逝去なされるまでに 明治

二十二年に理を受けて古い理を新しい道を付けさすために五十年間の道中の苦労をさして

お仕込みの道中であろう)皆いんねん (いんねんよせて守護する) 古きもの失ふ 理う

しなふよふ この理 聞かねばならん、 みな追々すみすみ心を以て甘露台理を聞かす、又

々刻限まちて知らそ  後略

☆明治二十一年六月三日午後四時 山本利三郎より伺

 前略 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい

事言うで。だんだん始め掛け。だんだん道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にあ

る。世界にあるものなら要らんものや。なれども長い道やで。一寸許してあるのや。これ

から神一條やで。實なる處かんろうだい。早や早や取り決め取り締まれ。難しいようにあ

るけれど、神が皆働く。何でもない。なれどもなかの道である。一寸許したもの、これま

での處迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。

かんろうだい一條の道通れ。かんろうだい一條の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。

☆明治二十三年八月十二日(陰暦六月二十七日)午後二時五十分

 前略 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つの理を

もち今日の指図、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年先の

事を知らす、生涯と云へば生涯の理をすっきり指図する人。 人間心出そう、出すまい。

なれどもほこり聞かし、気兼ねをしたりしては、心たん神入り込むことが出来ん。 後略

 拝読したらお分かり頂けると思います。聞き分け出来ると思います。
 

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