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神一条その3
明治二十三年六月二十一日旧五月五日このおさしづの年限は大正元年より昭和三十六年の
お言葉であります。「前略」神一条の道は、心の理を持ってするから、入りくる、出て来
るも、これまでの処、並大抵な道じやなかった、「中略」神一条の道は、皆兄弟、因縁の
理、神一条の道は、神屋敷、鏡屋敷と云う、何年以前、始めかけ、体内に宿る迄に話した
る真柱、又一ツ筆にしるして充分に知らしてある所もある。この事情と云うは深き因縁い
んねん。充分の理に治まりたる処、まだ、後あと事情、因縁は親族なればよう聞き分け、
世界の理を持っておれば親族と云うては、神の道とは云おうまい。 又次に
明治二十三年六月二十九日旧六月十三日
「前略」神一条の理に基ずいてやらねば指図したとは云はん、指図を聞いて途中心に関と
云う垣を拵らへてはどうもならん。そこで大工々々と云う、大工一ツ事情、道具にもたと
え、人夫にも諭したる。大工一ぎの咄と云ふ、又人夫とも云う。雇い入れとも云う。伏せ
込み大工とも言う。伏せ込んだ大工は一人丈のことこれよう聞き分け。万事の止めに出て
ある。よろづの止めに出してある。それに尋ねてするのはこれ迄の通り直したる物をとん
とんと、つく様な、腹がへってはまま喰べようと云えば、さあ喰べようかというようなも
のや。これまでの理はすっきり受け取ったで、人間の心はどうもならん。後あとの理は可
愛想や、寄ってくれぐれも、悟しておく、これから仮屋を始めるで、仮屋より本普請続き
になる。そんな小さいものやない。 天理教本部では本普請は出来んと云うことは年限
の理によって台をかえて風をかえて出て来るのであります。神の仰せには「何時まで見合
わせ至るとも内からするのやない」と仰せられてあります。百日さしづに「皆道は継ぎ目
あるで、継ぎ目知らずになんとぼけている、教祖の道内から潰している」と示しあります。
又次に明治二十二年十二月二日お指図に教祖存命でした理と云うものは学問や智者から出
来た理やない、うっかり思うては何処でどう云う事あるとも分らん。 又次に
明治三十六年八月二十二日おさしづの中に
「前略」教祖の理写して理をはくは一人である程によう聞き分け、なってしもうてからは
取り返し出来ん。又次に
明治二十一年十二月二十日おさしづに
「前略」この一ツ理と云うは何の事か、神一ツの理知らず、因縁屋敷の理知らず土地の理
なれば昔からも同じ事、伏せ込みの理、年限の理、心澄ました理。 又次に
明治二十四年五月十日おさしづに
「前略」何時までも地場はどこなりと許す。とありますのは甘露台の身体を地場と言うてあります。
明治三十一年七月十四日
「前略」甘露台は何時のことと思う。勤め一条の台にもつとめているやろう。なれど何や
ら分らん。「中略」三十年の間がある(大正元年より昭和十六年)もう五年五年の十年の
間がある。(昭和十七年より昭和二十六年まで)十年の年限ありて元を聞き分けるものな
い。(昭和三十六年の最後の吉祥の一日に日)
御神楽歌の八社様には
この処やまとの地場の神型と 云うて入れども元知らん
御教祖様は理振りと申されて間違えば寿命と引きかえと申された程の今度の甘露台の普請
であるからこの理が分らねばどうもならん。
この元を詳しく聞いた事ならば 如何なものでも恋しなる
聞きたくば尋ね来るなら云て聞かす よろづいさいの元のいんねん
この御歌は御筆先の一号四、五、六に出てあります。 次に
明治二十一年六月二十三日旧五月五日
「前略」この処、一ツ悟しの処、これ助けたい一条で、天降る処分らんから、これまで年
限の道と云ふは神一条、世界の処は道理上、世界では同じ道運ばねばならん。胸の内一ツ
をもってかゝる。難しい事でも通れる。まあ一日の処にても、一寸通らねばならん、
甘露台一ツ人間定めてある。何でも一日ある。楽しみあると云うことを治めて貰いたい。
次に明治三十一年七月十四日夜
「前略」勤め場所つとめ場所、よう聞き分け、何やら分からん。勤め場所は世の元と云う
「元治元年夫婦揃うてこれが勤め場所の世の元であります」世界今はみんな耳に聞いてい
る。この元小さいものやと云ふ。それから順序と云う。隠れはしり年限と云ふ。ひな型通
りに、神一条ぢば定め事情
御神楽歌三下り目「元治元年の事」
一ツ 日の本庄屋敷の勤めの場所は世の元や
二ツ 不思議な勤め場所は誰に頼みはかけねども
十一下り目の 雛型通りに
一ツ 日の本庄屋敷の神のやかたの地場定め
二ツ 夫婦揃うて日の寄進これが第一もの種(◎)や
百日指図に中にもう一度チヨンの始めすると仰せ下されたのは人間甘露台の本普請のチヨ
ンの始めをすると云う事を書き残し下されてあります。 指図の中に
『盛んなる事情を押さえて神の理、何処で立つ』と御思いですか。どうでも、こうでも、
教祖様のつけておかれた道は人間心でおぼう(埋う)事は出来ません。一日も遅れてある
ことを心におさめて聞き分けて下さいます様お知らせ致します。
明治三十一年三月二十八日
前略 この屋敷中に聞いている。胸にたたき込み、同格々々の者人間心で埋(う)んでい
てはならん。女であれど尽くした理はこれは神の守りからこれから登れたが、ほんになあ、
万事研究という。これからすれば強いもの強いものできる。出来る者ほっていても手がた
らん手がたらんというは分らん。そこで、真(◎)を見ているなれど何とも云うものない
ない。あら\/分り、あら\/婦人や、女や、よう聞き分け。男女分けてない。一寸\/
心知らん\/、どうもならん。出来ん者云うた処が出来ん。なれど年限で出来る様になる。
今日種を蒔いて今日に出けん。旬を見て生える。又実が出来る。これ聞き分け。
「押して鳴物元のお方に習うこと」
さあ\/理をたっとべ。充分\/なんでもたっとべば効能があるある。その理は今日云う
て出来やうまい。この心もってあれば効能理あらわれる。
「押してこのお方と見分けること」
さあ\/尋ねる処、尋ねる処、分りかけたら分らにやならん。このお地場始め、席の処た
ぶんある。女のお方に一寸席して貰うたして貰うた。これ迄こう云う事はよう知らなんだ。
心さえ定めて尽くしたら結構やなあと、あら積み重ねた効能という。この道よう\/見え
かけたと云う。又尋ねかけた女であれど、公然思うての気休みの理と云へん。教会本部役
員という理は、これは一寸なろうまい\/、なれど同様の心は内うちの心にある。 めん
\/の心にあろう。 「手を打ってから又さしづ」
「前略」年限知らしたら、めん\/心にもてば神の咄し疑われん\/始め一寸にや分らん
処から、艱難かんなん苦労の道通り、日々申さんと分らん。これ将来に聞き取ってくれに
やならん。あちらから、こちらから珍らしや\/と云う。なれど説きようの理で分る。日
々の心のまがらん、にごらん、澄んだ心と云う処、年限の効能と云う理を指図しておこう。
今まで書き現したことは御指図の中の要点でありますから全部御指図の中をお読み下さ
れて神の御指図通りに万事研究して下されて一日も遅れておりますから甘露台の云う事を
聞き分けて下さいます様お頼み申し上げます。
是非一度真柱様に御面会致し度存じますので御手数乍ら神かけて御返事お待ち申します。
先づは旬刻限のお知らせ致します。
御自愛専一に 敬 具
昭和三十七年十一月
神 一 条 教
玉 水 仙
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