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合せ鏡よりその7
基 督 教 (キリスト教)
聖 書 ヨ ハ ネ 伝 第一章に
1、太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神なりき。
2、この言(ことば)は太初(はじめ)に神と共に在り。(人の子)
3、萬(よろづ)の物これ(人の子)に由りて成り、成りたる物は一ツとして之(人間心ではこれ人
の子を踏み止める事出来んから)によりて成りたるはなし。
4、これ(人の子)に生命ありこの生命は人の光なりき。
5、光は暗黒(くらき)に照る而して暗黒は之を悟らざりき。(御神言の中を悟る事が出来んからく
らやみである)
6、神より遣(つか)わされたる人いでたり、その名はヨハネ(ヨハネとは世は根がもとといふこと)
といふ。7、この人は證(あかし)のために来れり、光に就(つ)きて證をなし、また凡(すべ)て
の人の彼によりて信ぜん為なり。光とは(御神言一切の事であります)
8、彼は光にあらず、光に就きて證(あかし)せん為に来たれるなり。
9、諸々の人をてらす真(まこと)の光ありて、世にきたれり。(人の子)
10、彼は世にあり、世は彼(人の子)に由りて成りたるに、世は彼を知らざりき。(人の子の踏み止
め出来ん)
11、かれは己の国にきたりしに、己の民は之を受けざりき。(うたがいの心であるから)
12、されど之を受けし者、、即ちその名を信ぜし者には、神の子となる権をあたへ給へり。(日本古
事記の中日月天照大神入り込みの宮なり)
13、かかる人は血脈(ちすじ)によらず、肉の慾(ねがい)によらず、人の慾によらず、唯だ神(聖
書)によりて生れしなり。
14、言(ことば)は肉体となりて、我らの中(うち)に宿りたまへり、我らその栄光を見たり、実(げ)
に父の獨子(ひとりご)の栄光にして恩恵(めぐみ)と真理(まこと)とにて満(み)てり。
15、ヨハネ彼につきて證(あかし)をなし、呼ばわりて言う『わが後に来る者は我に勝てり、我(エ
バ)より前にありし故なり』と我が會(かつ)ていへるはこの人なり(エバ創世の時なり)
16、我らは皆その充(み)ち満(み)ちたる中より受けて、恩恵(めぐみ)に恩恵みを加えらる。
17、律法はモーセ(御神言一切の事)によりて与へられ、恩恵(めぐみ)と真理(まこと)とはイエ
ス・キリストによりて来(きた)れるなり。イエス・キリストとは(水の様な精神で世の基(もと)
いを督(ただ)す人の子)
18、未だ神を見し者なし、ただ父の懐裡(ふところ)にいます獨子の神のみ之を顕(あら)し給へり。
19、さてユダヤ人、エルサレム(神まつる所)より祭司とレビ(師のこと)人とをヨハネの許に遣わ
して「汝は誰なるか」と問はせし時、ヨハネの證(あかし)は斯(かく)のごとし
20、乃(すなわ)ち言いあらわして諱(い)まず『我れはキリスとにあらず』と言ひあらわせり。
ペ テ ロ 後 書 第一章
20、汝等先づ知れ、聖書の預言は、すべて己がまゝに釈くべきにあらぬを。21、預言は人の心より出
(い)でしにあらず、人々聖霊に動かされ、神によりて語れるものなればなり。
仝 第二章
1、されど民の内に偽(にせ)預言者おこりき、その如く汝らの中にも偽(にせ)教師あらん。彼ら
は滅亡(ほろび)にいたる異端(いたん)を持ち入れ、己(おのれ)らを買い給ひし主をさへ否(い
な)みて、速やかなる滅亡(ほろび)を自(みず)から招(まね)くなり。
2、また多くの人かれらの好色(こうしょく)に随(したが)はん、之によりて、真(まこと)の道
は譏(そし)られるべし。
イエスの名を明らかにする人でなくばエホバの大御心に叶わじ(水の精神で世の元を督(ただ)す人
でなくばならん真実の人の子イエス基督(キリスト)なり)
マ タ イ 伝 第十六章
人の子の確かな証拠は、
13、「人々は人の子を誰と言ふか」
26、人全世界を、もうくとも己(おのれ)が生命(いのち)を損(そん)せば何んの益あらん、又そ
の生命の代(しろ)に何をあたへんや。
27、人の子は父の栄光をもて、御使等(みつかいたち)と共に来たらん、その時各々(おのおの)の
行為(おこない)に随(したがい)て報(むく)ゆべし。
28、誠に汝等に告(つ)ぐ、こゝに立つ者のうち人の子のその国◎(人の子の本名なり)をもて来た
るを見るまでは、死を味はぬ者どもあり」
コ リ ン ト 前 書 第十三章
1、たとひ我(人の子)もろもろの国人の言(ことば)及び御使の言(ことば)を語(かた)るとも、
愛なくば鳴る鐘や響(ひび)くネウハチの如し。
ヨ ハ ネ 伝 第一章
22、こゝに彼等言ふ「汝は誰なるか、汝(われ)らを遣(つか)わしし人々に答へ得るように為(せ)
よ、汝己につきて何と言ふか」23、答へて言ふ、「我は預言者イザヤの言へるが如く、主(しゅ)の
道を直(なお)くせよと、荒野に呼(よば)はる者の聲(こえ)なり。」(霊の働き)24、かの遣(つ
か)わされたる者は、バリサイ人なりき。25、また問ひていふ、汝若(も)しキリストに非(あら)
ず、またエリヤにも、かの預言者にも非ずば、何故(なにゆへ)パプテスマを施(ほどこす)すか。
(お助けの事)26、ヨハネ答へて言ふ、「我は水にてパプテスマを施す。汝等の中(うち)に汝らの
知らぬもの一人たてり」一人とは(人の子)27、即ち我が後にきたる者なり、我はその鞋(くつ)の
紐(ひも)を解(と)くにも足(た)らず。」
神より遣わされたる人出でたりと仰せあります事は神一条の甘露台も水にてお助けをなし、不思議を
現わします。
マ タ イ 伝 第十九章
3、パリサイ人等来たり、イエスを試(こころ)みて言う「何の故に関(かゝ)はらず人その妻を出
(いだ)すは可(よ)きか」4、答えて言い給う「人を造り給いしもの元始(はじめ)より之を男と
女とに造り、而して5、「斯(かゝ)る故に人は父母をはなれ、その妻に合いて二人のもの一体とな
るべし」と言い給いしを未だ読まぬか、さればはや二人にあらず一体なり、この故(ゆへ)に神の合
わせ給いし者は人これを離(はな)すべからず」
仝 第十七章
5、これは(人の子)我が愛(いつく)しむ子、我が悦(よろこ)ぶ者なり、汝ら之に聴(き)け」
22、イエス言ひたまふ「人の子は人の手(母の元=「天理の道」に学びするために)付(わた)され、23、
人々は之を殺さん、斯(かく)くて三日目(昭和十年より昭和十二年まで)甦(よみが)へるべし、」
弟子等甚(いた)く悲しめり。
黙 示 録 第五章
2,また大聲(おおこえ)に「巻物を開きてその封印(ふういん)を解(と)くに相応(ふさわ)し
き者誰ぞ」と呼わる強き御使を見たり。
3、然るに天にても地にても地の下にも、巻物を開き、これを見るに相応(ふさわ)しき者見えざり
しに因(よ)りて我(エホバの神)いたく泣き至りしに。5,長老の一人我に言う「泣くな視よ、ユ
ダの族(やから)の獅子、ダビデ(種)の萌蘖(ひこばえ)すでに勝を得て巻物とその七ツの封印と
を開き得(う)るなり。七ツとは(七ツ頭、七ツ星、七ツの金の灯台)(天理教にては七柱人間甘露
台が三教一ツにまとめて光明を照らす)日本古事記では大食津ノ神(伊勢では外宮)
ヨ ハ ネ 伝 第十二章
23、イエス答へて言ひ給ふ「人の子の栄光を受くるべき時来たれり。
同 第十七章
12、我かれらと偕(とも)にをる間、われに賜ひたる汝んの御名の中(うち)に彼らを守り、かつ保
護したり。そのうち一人だに亡(ほろ)びず、ただ亡(ほろ)びの子のみ亡(ほろ)びたり、「聖書
の成就せん為なり。」
テ モ テ 前 書 第二章
それ神は唯一(ゆういち)なり、また神と人との間の中保(なかだち)も唯一にして人なるキリスト
・イエス是なり。
申 命 記 第二十五章
4、穀物(こくもつ)を碾(こな)す牛に口籠(くちかご)をかく可(べか)らず。註(穀物を碾す
とは神のお言葉を解く)
仝 第十八章
汝らの中間(うち)にその男子(むすこ)女子(むすめ)をして火の中を通らしむる者あるべからず、
また卜筮(うらない)する者、邪法(じゃほう)を行(おこな)ふ者、禁厭(まじない)する者、魔
術(まじゅつ)を使ふ者、11、法印(ほういん)を結(むす)ぶ者、憑鬼(くちよせ)する者、巫(か
ん)なぎの業(わざ)をなす者、死人(しにん)にとうことをする者あるべからず。12、凡(すべ)
て是等の事を為す者はエホバこれを憎みたまふ汝の神エボバが彼らを汝の前より遂(おひ)はらひ給
ひしも是等の憎むべきことのありしに因(より)てなり。
ル カ 伝 第十六章
アブラハム(阿布羅波允「アダム再生」)言ふ「もしモーゼ(御神言を言ふ)と予言者(人の子即ち
人間甘露台)とに聴(き)かずば、たとい死人(しにん)の中より甦(よみがえ)る者ありともその
勤(すゝめ)を納(い)れざるべし。
黙 示 録 第三章
13、耳ある者は御霊(みたま)の諸教会に言ひ給ふことを聴くベし。14、ラオデキヤに在(あ)る教
会の使いに書きおくれ。「アァメンたる者、忠実(まじめ)なる真(まこと)なる証人、神の造り給
ふ者の本源たる者かく言ふ。」
エ ゼ キ エ ル 第十三章
エホバの言(ことば)われに臨(のぞ)みて言ふ。2、人の子よ預言を事とするイスラエル(神祭る
所)の預言者に向かいて預言せよ、彼(かの)おのれの心のまゝに預言する者等(ものども)に言ふ
べし、汝らエホバの言(ことば)を聴(き)け、3、主エホバかくいひたまふ、彼(か)の(神の大
旨を知らずに)何をも見ずして己の心のまゝに行う処の愚(おろ)かなる預言者は禍(わざわい)な
るかな。4、イスラエルよ汝の預言者は荒墟(あれあと)におる狐(きつね)の如くなり。
5、汝らは破壌口(くずれぐち)を守らず、またイスラエルの家の四周(まわり)に石垣を築きてエ
ホバの日に防ぎ戦はんともせざるなり。6、彼らは虚浮物(むなしきもの)および虚妄(いつわり)
の占卜(うらない)を見る彼等はエホバいひ給ふと言ふといへども、エホバは彼らを遣(つかは)さ
ざるなり、然(しか)るに彼らその言(ことば)の成らん事を望む、7、汝らは空しき異象(まぼろ
し)を見虚妄(いつわり)の占卜(うらない)宣べ吾が言ふ事あらざるにエホバ言ひ給ふと言ふにあ
らずや。 人の子は女である証拠は
創 世 記 第三章
20、アダム其の妻の名をエバと名付(なず)けたり、其(そ)は彼は群(すべて)の生物(いけるも
の)の母なればなり。(仏教の多羅母観世音と同一であります。)
仝 第二十四章
51、視よリベカ汝の前にをる、携(たずさ)へてゆき、彼をしてエホバの言ひ給ひし如く、汝の主、
人の子の妻とならしめよ」と示しあります。即ち彼らリベカを祝(しゅく)して之(これ)に言ひけ
るはわれらの妹よ、汝千萬(なんじよろづ)の人の母となれ、汝の子孫(しそん)にして其の仇(あ
だ)の門を獲(とら)しめよ、二人の者は一体となりと仰せあります。
黙 示 録 第十七章
18、汝の見し女は地の王たちを宰(つかさ)どる大(おゝい)なる都◎なり。(国(七柱))イエス
キリストとは(すなおなる精神の持主で世の基(もと)いを督(ただ)すとあります)
創 世 記 第四十一章
2、視(み)るに七(なゝつ)の美(うるわ)しき肥(こえ)たる(七柱、むほんの心を払いて清く
する人の子)牝牛(めうし)河(かわ)よりのぼりて葦(あし)を食(く)らふ。(人の子は水牛で
あると言うこと)
人の子は人の手に渡されたと仰せられてありますが、母の元に出て居る事を知らねばなりません。(天
の父は基督、天の母は天理教、神一条の道に出現す)即ち母の元とは天理教の御神言一切の中から出
現する。
ル カ 伝 第十八章
32、人の子は異邦人に付(わた)され、嘲弄(ちょうろう)せられ、辱(はづか)しめられ、唾(つばき)せられん。
末法満年には泥海世界に成る事を神は見抜き見通しでありますので、仏教は真仏を踏み止めおけよと
大経の中に書き残してあります。又基督教も同様、人の子を早く踏み止めよとあります。又天理教に
ては雛型の石の甘露台を年限当来するまでは、それでもよいが、末法満年泥海世界となりたら、人間
甘露台を早く出す様と書き残しあります。いづれも三教共に同じ教へであります。よく研究せねばな
りません。仏像は人の姿を現し基督の人の子と悟し、天理教の人間甘露台と称して日本古事記には猿
女の君が天の岩戸の扉を開くのでこそ、世は明るくなるのであります。
三 種 の 神 器 の 意 味 (三位一体)
鏡 = 水 = 月
‖ ‖ ‖
剣 = 火 = 日
‖ ‖ ‖
珠 = 魂 = 風
‖
‖
仏像の姿を印して基督の人の子と称して人の手に渡され、天理教の
人間甘露台として御神言一切を明らかに解くので三教一ツにまとめてこそ、
天ノ岩戸の扉を開く事が出来るのである。
人の名は猿女の君と申すなり。末では大国主ノ神なり。
合せ鏡よりその8へ続く
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