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第23 合せ鏡よりその7

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月19日(水)23時40分34秒
          合せ鏡よりその7
    基  督  教 (キリスト教)
  聖 書 ヨ ハ ネ 伝  第一章に
1、太初(はじめ)に言(ことば)あり、言(ことば)は神なりき。
2、この言(ことば)は太初(はじめ)に神と共に在り。(人の子)

3、萬(よろづ)の物これ(人の子)に由りて成り、成りたる物は一ツとして之(人間心ではこれ人
の子を踏み止める事出来んから)によりて成りたるはなし。

4、これ(人の子)に生命ありこの生命は人の光なりき。
5、光は暗黒(くらき)に照る而して暗黒は之を悟らざりき。(御神言の中を悟る事が出来んからく
らやみである)
6、神より遣(つか)わされたる人いでたり、その名はヨハネ(ヨハネとは世は根がもとといふこと)
といふ。7、この人は證(あかし)のために来れり、光に就(つ)きて證をなし、また凡(すべ)て
の人の彼によりて信ぜん為なり。光とは(御神言一切の事であります)

8、彼は光にあらず、光に就きて證(あかし)せん為に来たれるなり。
9、諸々の人をてらす真(まこと)の光ありて、世にきたれり。(人の子)

10、彼は世にあり、世は彼(人の子)に由りて成りたるに、世は彼を知らざりき。(人の子の踏み止
め出来ん)
11、かれは己の国にきたりしに、己の民は之を受けざりき。(うたがいの心であるから)

12、されど之を受けし者、、即ちその名を信ぜし者には、神の子となる権をあたへ給へり。(日本古
事記の中日月天照大神入り込みの宮なり)
13、かかる人は血脈(ちすじ)によらず、肉の慾(ねがい)によらず、人の慾によらず、唯だ神(聖
書)によりて生れしなり。

14、言(ことば)は肉体となりて、我らの中(うち)に宿りたまへり、我らその栄光を見たり、実(げ)
に父の獨子(ひとりご)の栄光にして恩恵(めぐみ)と真理(まこと)とにて満(み)てり。

15、ヨハネ彼につきて證(あかし)をなし、呼ばわりて言う『わが後に来る者は我に勝てり、我(エ
バ)より前にありし故なり』と我が會(かつ)ていへるはこの人なり(エバ創世の時なり)
16、我らは皆その充(み)ち満(み)ちたる中より受けて、恩恵(めぐみ)に恩恵みを加えらる。

17、律法はモーセ(御神言一切の事)によりて与へられ、恩恵(めぐみ)と真理(まこと)とはイエ
ス・キリストによりて来(きた)れるなり。イエス・キリストとは(水の様な精神で世の基(もと)
いを督(ただ)す人の子)

18、未だ神を見し者なし、ただ父の懐裡(ふところ)にいます獨子の神のみ之を顕(あら)し給へり。
19、さてユダヤ人、エルサレム(神まつる所)より祭司とレビ(師のこと)人とをヨハネの許に遣わ
して「汝は誰なるか」と問はせし時、ヨハネの證(あかし)は斯(かく)のごとし

20、乃(すなわ)ち言いあらわして諱(い)まず『我れはキリスとにあらず』と言ひあらわせり。

     ペ テ ロ  後 書  第一章
20、汝等先づ知れ、聖書の預言は、すべて己がまゝに釈くべきにあらぬを。21、預言は人の心より出
(い)でしにあらず、人々聖霊に動かされ、神によりて語れるものなればなり。

       仝         第二章
1、されど民の内に偽(にせ)預言者おこりき、その如く汝らの中にも偽(にせ)教師あらん。彼ら
は滅亡(ほろび)にいたる異端(いたん)を持ち入れ、己(おのれ)らを買い給ひし主をさへ否(い
な)みて、速やかなる滅亡(ほろび)を自(みず)から招(まね)くなり。

2、また多くの人かれらの好色(こうしょく)に随(したが)はん、之によりて、真(まこと)の道
は譏(そし)られるべし。
イエスの名を明らかにする人でなくばエホバの大御心に叶わじ(水の精神で世の元を督(ただ)す人
でなくばならん真実の人の子イエス基督(キリスト)なり)

     マ タ イ 伝   第十六章
   人の子の確かな証拠は、
13、「人々は人の子を誰と言ふか」
26、人全世界を、もうくとも己(おのれ)が生命(いのち)を損(そん)せば何んの益あらん、又そ
の生命の代(しろ)に何をあたへんや。
27、人の子は父の栄光をもて、御使等(みつかいたち)と共に来たらん、その時各々(おのおの)の
行為(おこない)に随(したがい)て報(むく)ゆべし。

28、誠に汝等に告(つ)ぐ、こゝに立つ者のうち人の子のその国◎(人の子の本名なり)をもて来た
るを見るまでは、死を味はぬ者どもあり」

   コ リ ン ト 前 書  第十三章
1、たとひ我(人の子)もろもろの国人の言(ことば)及び御使の言(ことば)を語(かた)るとも、
愛なくば鳴る鐘や響(ひび)くネウハチの如し。

   ヨ ハ ネ 伝    第一章
22、こゝに彼等言ふ「汝は誰なるか、汝(われ)らを遣(つか)わしし人々に答へ得るように為(せ)
よ、汝己につきて何と言ふか」23、答へて言ふ、「我は預言者イザヤの言へるが如く、主(しゅ)の

道を直(なお)くせよと、荒野に呼(よば)はる者の聲(こえ)なり。」(霊の働き)24、かの遣(つ
か)わされたる者は、バリサイ人なりき。25、また問ひていふ、汝若(も)しキリストに非(あら)

ず、またエリヤにも、かの預言者にも非ずば、何故(なにゆへ)パプテスマを施(ほどこす)すか。
(お助けの事)26、ヨハネ答へて言ふ、「我は水にてパプテスマを施す。汝等の中(うち)に汝らの

知らぬもの一人たてり」一人とは(人の子)27、即ち我が後にきたる者なり、我はその鞋(くつ)の
紐(ひも)を解(と)くにも足(た)らず。」

神より遣わされたる人出でたりと仰せあります事は神一条の甘露台も水にてお助けをなし、不思議を
現わします。
   マ タ イ 伝   第十九章
3、パリサイ人等来たり、イエスを試(こころ)みて言う「何の故に関(かゝ)はらず人その妻を出
(いだ)すは可(よ)きか」4、答えて言い給う「人を造り給いしもの元始(はじめ)より之を男と

女とに造り、而して5、「斯(かゝ)る故に人は父母をはなれ、その妻に合いて二人のもの一体とな
るべし」と言い給いしを未だ読まぬか、さればはや二人にあらず一体なり、この故(ゆへ)に神の合

わせ給いし者は人これを離(はな)すべからず」

     仝    第十七章
5、これは(人の子)我が愛(いつく)しむ子、我が悦(よろこ)ぶ者なり、汝ら之に聴(き)け」
22、イエス言ひたまふ「人の子は人の手(母の元=「天理の道」に学びするために)付(わた)され、23、

人々は之を殺さん、斯(かく)くて三日目(昭和十年より昭和十二年まで)甦(よみが)へるべし、」
弟子等甚(いた)く悲しめり。

   黙 示 録  第五章
2,また大聲(おおこえ)に「巻物を開きてその封印(ふういん)を解(と)くに相応(ふさわ)し
き者誰ぞ」と呼わる強き御使を見たり。

3、然るに天にても地にても地の下にも、巻物を開き、これを見るに相応(ふさわ)しき者見えざり
しに因(よ)りて我(エホバの神)いたく泣き至りしに。5,長老の一人我に言う「泣くな視よ、ユ

ダの族(やから)の獅子、ダビデ(種)の萌蘖(ひこばえ)すでに勝を得て巻物とその七ツの封印と
を開き得(う)るなり。七ツとは(七ツ頭、七ツ星、七ツの金の灯台)(天理教にては七柱人間甘露

台が三教一ツにまとめて光明を照らす)日本古事記では大食津ノ神(伊勢では外宮)

    ヨ ハ ネ 伝  第十二章
23、イエス答へて言ひ給ふ「人の子の栄光を受くるべき時来たれり。

       同    第十七章
12、我かれらと偕(とも)にをる間、われに賜ひたる汝んの御名の中(うち)に彼らを守り、かつ保
護したり。そのうち一人だに亡(ほろ)びず、ただ亡(ほろ)びの子のみ亡(ほろ)びたり、「聖書
の成就せん為なり。」

    テ モ テ 前 書   第二章
それ神は唯一(ゆういち)なり、また神と人との間の中保(なかだち)も唯一にして人なるキリスト
・イエス是なり。

    申 命 記   第二十五章
4、穀物(こくもつ)を碾(こな)す牛に口籠(くちかご)をかく可(べか)らず。註(穀物を碾す
とは神のお言葉を解く)

      仝     第十八章
汝らの中間(うち)にその男子(むすこ)女子(むすめ)をして火の中を通らしむる者あるべからず、
また卜筮(うらない)する者、邪法(じゃほう)を行(おこな)ふ者、禁厭(まじない)する者、魔

術(まじゅつ)を使ふ者、11、法印(ほういん)を結(むす)ぶ者、憑鬼(くちよせ)する者、巫(か
ん)なぎの業(わざ)をなす者、死人(しにん)にとうことをする者あるべからず。12、凡(すべ)

て是等の事を為す者はエホバこれを憎みたまふ汝の神エボバが彼らを汝の前より遂(おひ)はらひ給
ひしも是等の憎むべきことのありしに因(より)てなり。

   ル カ 伝  第十六章
アブラハム(阿布羅波允「アダム再生」)言ふ「もしモーゼ(御神言を言ふ)と予言者(人の子即ち
人間甘露台)とに聴(き)かずば、たとい死人(しにん)の中より甦(よみがえ)る者ありともその
勤(すゝめ)を納(い)れざるべし。

  黙 示 録  第三章
13、耳ある者は御霊(みたま)の諸教会に言ひ給ふことを聴くベし。14、ラオデキヤに在(あ)る教
会の使いに書きおくれ。「アァメンたる者、忠実(まじめ)なる真(まこと)なる証人、神の造り給
ふ者の本源たる者かく言ふ。」

   エ ゼ キ エ ル   第十三章
エホバの言(ことば)われに臨(のぞ)みて言ふ。2、人の子よ預言を事とするイスラエル(神祭る
所)の預言者に向かいて預言せよ、彼(かの)おのれの心のまゝに預言する者等(ものども)に言ふ

べし、汝らエホバの言(ことば)を聴(き)け、3、主エホバかくいひたまふ、彼(か)の(神の大
旨を知らずに)何をも見ずして己の心のまゝに行う処の愚(おろ)かなる預言者は禍(わざわい)な

るかな。4、イスラエルよ汝の預言者は荒墟(あれあと)におる狐(きつね)の如くなり。
5、汝らは破壌口(くずれぐち)を守らず、またイスラエルの家の四周(まわり)に石垣を築きてエ

ホバの日に防ぎ戦はんともせざるなり。6、彼らは虚浮物(むなしきもの)および虚妄(いつわり)
の占卜(うらない)を見る彼等はエホバいひ給ふと言ふといへども、エホバは彼らを遣(つかは)さ

ざるなり、然(しか)るに彼らその言(ことば)の成らん事を望む、7、汝らは空しき異象(まぼろ
し)を見虚妄(いつわり)の占卜(うらない)宣べ吾が言ふ事あらざるにエホバ言ひ給ふと言ふにあ
らずや。   人の子は女である証拠は

     創 世 記   第三章
20、アダム其の妻の名をエバと名付(なず)けたり、其(そ)は彼は群(すべて)の生物(いけるも
の)の母なればなり。(仏教の多羅母観世音と同一であります。)

      仝   第二十四章
51、視よリベカ汝の前にをる、携(たずさ)へてゆき、彼をしてエホバの言ひ給ひし如く、汝の主、
人の子の妻とならしめよ」と示しあります。即ち彼らリベカを祝(しゅく)して之(これ)に言ひけ

るはわれらの妹よ、汝千萬(なんじよろづ)の人の母となれ、汝の子孫(しそん)にして其の仇(あ
だ)の門を獲(とら)しめよ、二人の者は一体となりと仰せあります。

    黙 示 録   第十七章
18、汝の見し女は地の王たちを宰(つかさ)どる大(おゝい)なる都◎なり。(国(七柱))イエス
キリストとは(すなおなる精神の持主で世の基(もと)いを督(ただ)すとあります)

    創 世 記   第四十一章
2、視(み)るに七(なゝつ)の美(うるわ)しき肥(こえ)たる(七柱、むほんの心を払いて清く
する人の子)牝牛(めうし)河(かわ)よりのぼりて葦(あし)を食(く)らふ。(人の子は水牛で
あると言うこと)

人の子は人の手に渡されたと仰せられてありますが、母の元に出て居る事を知らねばなりません。(天
の父は基督、天の母は天理教、神一条の道に出現す)即ち母の元とは天理教の御神言一切の中から出
現する。

    ル カ 伝   第十八章
32、人の子は異邦人に付(わた)され、嘲弄(ちょうろう)せられ、辱(はづか)しめられ、唾(つばき)せられん。
末法満年には泥海世界に成る事を神は見抜き見通しでありますので、仏教は真仏を踏み止めおけよと
大経の中に書き残してあります。又基督教も同様、人の子を早く踏み止めよとあります。又天理教に

ては雛型の石の甘露台を年限当来するまでは、それでもよいが、末法満年泥海世界となりたら、人間
甘露台を早く出す様と書き残しあります。いづれも三教共に同じ教へであります。よく研究せねばな

りません。仏像は人の姿を現し基督の人の子と悟し、天理教の人間甘露台と称して日本古事記には猿
女の君が天の岩戸の扉を開くのでこそ、世は明るくなるのであります。

     三 種 の 神 器 の 意 味 (三位一体)

       鏡  =  水  =  月
       ‖     ‖     ‖
       剣  =  火  =  日
       ‖     ‖     ‖
       珠  =  魂  =  風
             ‖
             ‖
 仏像の姿を印して基督の人の子と称して人の手に渡され、天理教の
 人間甘露台として御神言一切を明らかに解くので三教一ツにまとめてこそ、
 天ノ岩戸の扉を開く事が出来るのである。
 人の名は猿女の君と申すなり。末では大国主ノ神なり。
                                 合せ鏡よりその8へ続く
 

第23 合せ鏡よりその6

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月12日(水)16時25分18秒
         合せ鏡よりその6

    高 野 山 の 開 け ず の 倉 に
 明治三年政府の命に依りて開く、織田信長の発表にて「応法以本」と書いた文字が出て
来たのであります。この文字の意味「フタ」を明けねば何んの事やら分からずに今日の日

までそのまゝになっていたのですが、時、旬、当来して明らかにせねばなりません。天照
大神様の大旨は末法になれば、人間で人間を治める事の出来ん、世の中になる事を見抜き

見通しでありますから、イザナギ(人)イザナミ(レ)の真中の一点を知らねば、世の元
が分かりません。イザナギ様とイザナミ様の御二方の獨子(ひとりご)に大神様よりお役

目仰せつけられたのであります。

   日 本 古 事 記 の 中 に
日子番能邇々藝ノ命(ひこほのににぎのみこと)が大神様より御命令によりて天降りまさ
んとする時に天の八衢(やちまた)に居て(幾筋もある道)上は高天原を光(てら)し、

下は葦原中国(あしはらなかつくに)を光(てら)す神、是(こゝ)に有り、故爾(かれ
こゝ)に天照大神、高木神の命以(も)ちて天ノ宇受賣神(あめのうづめのかみ)に、汝

(いまし)は手弱女(たわやめ)なれど、伊牟勝(いむかつ)の神成り(あめのうづめの
神は世を助け悪気を払うて誰にも負けぬ神なりと言う意味)故(か)れ専(もっぱ)ら

汝(いまし)往(ゆ)きて問はむは、吾(あ)が御子の天降りまさむとする道を誰ぞかく
て居ると言へと詔(の)り給いき。(あめのうづめの神に申し付けられたので)故(か)

れ問(と)はせ賜(たま)う時に答へて白(もう)さく。僕(あ)れは国神(くにつかみ)、
名は猿田毘古神(さるたひこのかみ)なりき。出居(いでお)る所以(ゆえ)は天神(あ

まつかみ)の御子天降り坐すと聞きつる故に、御前に仕え奉るらむとて参向へ待ふぞと申
し給ひき。(あめのうづめの神を下界に下し給うことを)天児屋根命(あめのこやねのみ

こと)、布刀玉命(ふとたまのみこと)、天宇受賣命(あめのうづめのみこと)、伊斯許理
度賣命(いしこりどめのみこと)、玉祖命(たまおやのみこと)、拝(あわ)せて五伴緒

(いつとものを)を支加(さしくわ)へて天降りまさしめ給ひき。ここの高木の神の御命
令に依りまして猿田毘古の神の名を受けて、天宇受売ノ神は猿女の君と名付けられて前世

も今世も世のために二世重々の台として、時、旬、当来して大神様の大旨をまっとうする
事を仰せあります。千九百七十年代の今の世の有様を大神様は見抜き通しでありますので、

応法以本の文字を伏せ込んであったのを明らかにせねばなりません。

    弘法大師御遺誡(ごいかい)及御入定(およびごにゅうでう)の事

 滅後の弟子等勤行修学(ごんぎょうしゅうがく)怠(おこた)る事勿(なか)れ、予(わ
れ)入定(にゅうでう・じょう)するとも法身は尚(なお)この世に住(じゅ)し明(あ

きら)らかに善悪の行為を見るべし、五十六億の後(のち)弥勒仏(みろくぶつ)ととも
に再び世にいで結縁の衆生(しゅうぜう)を度(ど)すべしとありければ皆々おどろき、

うれいざるものなし。やがてその期(ご)になりぬれば仏陀来迎(らいこう)あり、天げ
あまねくふりて寅の一点に奄然(えんぜん)として大定(だいじょう)に入り給へり、嗚

呼(ああ)かなしい哉(かな)。主上上皇大后(しゅぜうぜうこうたいごう)たちは、は
かなきをなげかせ給ひ懇(ねんごろ)に吊賻(てうふ)を送り給へり。かくして尊体(そ

んたい)を納(おさ)めんとするに五体(ごたい)なる生けるがごとし。さて奥院(おく
のいん)に廟(びょう)を立入定塔(たてにゅうじょうとふ)と号す。

    雨 乞 の 事 (あまごひのこと)

 淳和天皇(じゅんわてんのう)天長元年天下大いに旱(ひでり)して三月(みつき)の
間雨ふらず農民は耕作の便りを失ふ朝廷これをうれひ大師に命じて雨を祈らしめんとす。

かさねて大師に勅命(ちょくめい)あり。よって大師は神泉苑(しんぜんいん)の池の辺
(ほとり)にて十七日祈りたまふに、しるしなし。大師ふしぎに思ひ定(でう)に入りて

見たまへば守敏僧都(しゅびんそうづ)がもろもろの竜神を封じこめたる故(ゆへ)なり。
しかし善女竜王のみ封じ洩(もら)したれば、これに祈りたまへば金色の神竜壇上にあら

われ忽ち大雨ふる事三日天下に行渡ければ上一人より万民にいたるまで、よろこばざる者
なし。大師の行徳感ずるに余りあり、かくて善女竜王をこの処に勧請(かんぜい)しその

神威をあらわしたまえり。
三世相には前世は富士の裾野の竜であった。毎日天に御供物をお供へた理によって此の世
に生れたと記してある。

   弘 法 大 師 の 書 残 し 下 さ れ た。

 いろは四十九文字は何の事か知る事に依りまして弘法大師の御苦労にむくいる事が出来
るのであります。応とは大神様の御命令にしたがいて世界一列の人等に呼びて答へる事を

引きうけるのであります。法とは大神様の大掟の法則をまっとうしてこそ世は治まるので
あります。

以本とは以邪那岐の神、以邪那美の神、二柱の中の一粒種が二方に御子でありますて日子
番能邇々藝命(ひこほのににぎのみこと)、此の御子を降すべしと申し給いて今世も、ま

たまた世が乱れているから治める様にと仰せられてあります。それ故に仏教にては、灯明
台として世界に灯(あかり)を付ける様と経文の中に弥勒菩薩を示しあります。基督教の

聖書には金の灯台のあかりで知らす人の子を世に出現する事を示しあります。
天理教にては御神言の一切の中に大神様の大計画の大聖旨を明らかにする人間甘露台を早

く踏み止めよと仰せあります。三教一ツにまとめて、岐(人)男子の生れる時の姿を示し
て、美(レ)女子の生れる時の姿であります。以(岐、美、の中の一粒種)世の本(元)

が出現して暗闇(くらやみ)を照らす(ヽ)蚤(のみ)の止まりた様な小さい者と言う意
味であります。それ故に弥勒菩薩は人の子でありまして天の甘い露を受けて天もつなぎ、

地もつなぎ衆生一切をつなぐ事を仰せられて応答の声で呼応するのあります。弘法大師の
書残しおかれた、いろは四十九文字の中の吽、京を秘密にしてあるのは何故でしょう。長

年伏せこんでおいて旬が当来したならば確かな証拠を持って出現すると、かたく仰せられ
てあります。世の人はこの深い意味を知らないのであります。

   以 呂 波 の 解 釈

 以呂は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならん、有比(たぐいのない広い世界にただ一
ツしかないもの年限の来る迄かぎりない)の奥山今日越えて、あさき夢見し得ひもせす吽

京と四十九文字は七×七=四十九年立ったら吽京(むほん払いする者は京都に出現)の二
文字を明らかにする人物出現すると書残しておかれたのでありました。

  ◇人間の思いとは大きな違いであります。

此の年限は明治二十二年八月三日人間甘露台の生れた年より四十九年立って神の思惑の人
間甘露台が出現する年は昭和十二年になります。七年を七ツ越して四十九年立って吽京が

確かな証拠を持って出現しています。この四十九年は仏教にも、基督教にも、天理教にも
確かな証拠を書残しあります。真言宗はいろは四十七文字にておつとめして居られますが、

人間甘露台の生れた年より四十七年は釈迦の第五の五百年で初成仏した昭和十年になりま
す。四十九文字の四十九年は昭和十二年になります。

四十九年の年限は七年七年関所を越へて四十九年に苦労の道中を越して出現したのであり
ます。  仏教にては=中陰和讃の中、七,七,四十九年

基督教にては=申命記の中の第一章九節い七,七,四十九年、汝また七,七を計(かぞ)
うべし、即ち穀物に鎌を入れ初めの時よりして七,七日を計(かぞ)え始むべきなりと示

しあります。

天理教にては=明治二十二年より(台の生まれた年)四十九年は昭和十二年(立教百年)
には人間甘露台を据(す)えるべく大神様の大計画の大聖旨なり。四十九年立つまでは天

理教では石の甘露台記念碑として甘露台のひな型を据えておかれたのであります。

  吽とは=牛にのりて(刻像(虚空)蔵菩薩(こくぞうぼさつ)の姿)の口からいろは
四十九文字を明白にする。

京とは=その人物は京の都に出現する。一日も早く三千世界に知らしてこそ世は照るので
あります。

   仏 説 無 量 寿 経 に
 若(も)し衆生に善根がなければこの経を聞くことは出来ない。立派に戒(いまし)め
をたもって居るものだけが仏の正法を聞く事が出来る。前世に幾度となく仏を見たて奉(ま

つ)ったものは、其れが宿善となりてこの法を信ずる事が出来て敬(うやま)って聞いた
通りに信受奉行(しんじゅぶぎょう)して大善をするぞよ或は自分で高ぶり、或は聞き様

の悪しきもの怠り勝つものは、この法を信じられぬ、只前世に諸仏を見たてまつったもの
はよろこんでこの教えを聞く、何故に信じられぬかと言うに、大声聞でも、仏の心を究(き

わ)めはかることは出来ぬ。喩(たと)へば盲目(めくら)が人の手引きをする様なもの
である。実に如来の智慧(ちえ)の深く且つ広くてきわまりない。到底声聞(とうていせ

いもん)や菩薩の測(はか)り知る所ではない。唯(ただ)仏ばかり獨(ひと)りこれを
御存じなされてある。たとへば一切衆生が具足して、皆無漏(むろ)の聖道を得て、声聞

なれば人、法、二空の理を悟りそれらの聖者が集まって、億劫(おくごう)の間死ぬまで
智力を尽くして測(はか)りても、仏慧(ぶつえ)の深広にしてかく法身清淨の證(あか

し)に至りたまふことは測り知ることは出来ない。人間は人の事は更にかまわず、唯我身
に利を付けようとして争ひ、我身に悪事はないかと顧省(かえりみ)る事は少しもしない。

かゝる悪人も一たん富栄(とみさかえ)ることもあるが其の時は心任せに益々悪を働いて
忍びて善を修すると言う事もない。一但富貴(いったんふうき)は浮雲の様なもの暫(し

ばら)くの間に勢力衰(おとろ)へ財宝もなくなる。自分が骨折りて久しく苦しみ後には
劇(はげ)しき、天道の報(むく)いを受ける。業(ごう)の網は天地の間に張り糺(たゞ)

す。 大網小網が、上にも下にも悪事を働けば必ず天の網にかゝらねばならぬ。其時には
六親眷属に見放されて獨(ひと)りものとなりて淒(さみ)しそうに萎(しお)れて其網

中へ入れられて本(もと)の悪趣(あくしゅ)へ引戻される。古(昔)も今も是がありて
実に痛ましい事であるとお釈迦様の仰せである。つゝしまねばなりません。
                             合せ鏡よりその7へ続く
 

第23合せ鏡よりその5

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月 8日(土)14時25分10秒
       合せ鏡よりその5

  仏 像 と 真 仏

「彼の仏を想(おも)はん者は先当(まづまさ)に像(人の姿)を想うべし」とあります。
此の意味は、彼(か)の阿弥陀如来を観ずるには、真(じき)に真仏を観ずる事が出来な

いから先(ま)づ仮に其の真仏をうつしたる仏像(人の姿)を観ぜよと書き残しあります。

真仏は何時頃に出現するか、釈迦入滅後二千五百年は昭和十年最後の五百年であります。
「吾の滅後に末法となれば聖道門の経法は滅びて亡(なく)なり人民は、ますます浅まし

くなりて斯言(うそ)ばかり吐(つ)く様になり、重ねて悪を造りて五通五焼を受けるこ
と、また前の通りで其の有様は愈々(いよいよ)久しくして愈々劇(はげ)しくなるであ

らう、それらの相(すがた)は委(くわ)しく説く逞(ひま)がない。我但(われただ)
汝等のために聊(いささ)か略して説くだけでの事である。」釈尊、弥勒(真仏が神の大

旨をまとめる事)に仰せらるゝ様汝等各々(おのおの)善く思ひめぐらして、互に相教へ
誡(いまし)めて仏(真仏の事)の教への通りに守りて違(そむか)ぬ様にせねばならぬ、

それだから我(釈迦再来して弥勒に入り込み)五濁悪世に出現し八相作仏し、一代経をな
がながと説いたのもこの大経を説かんが為の方便(法のたより)であった。今の世に弥勒

菩薩(御神言一切をまとめるをさとりたひと)が出現、釈迦(再来して真仏の姿)の本懐
(ほんかい)を説くと言うてあります。今こそは出生の本懐たる大経を説きたれば一代の

能事は了(おわ)った。 此の法門を汝(みろくぼさつ)に付属する程に遠く末代に伝へ
当(まさ)に信じて法の通りに修業せよ」と仰せあるにもかゝわらず、現在仏教の有様を

眺めますとお釈迦様の大願を悟る事が出来ず、今日まで我利我慾で身引き身勝手ばかりで
ある。それでありますから、お経の中に最後の五百年に於て「常に仏を見立て奉らず(弥

勒菩薩を踏み止める事出来ずにいた)経法を聞かず」「菩薩諸々の声聞象を見ず」(弥勒
の教へも聞かず大旨に叶うた弟子も出来ず)「仏を供養するに由なし」(仏に心を供へて

教への通りにすることが出来んので)「菩薩の法式を知らず」「功徳を修習することを得
ず」当(まさ)に知るべし、此の人は宿世の時に智慧ある事なくして疑惑せしが致す所な

り、その胎生のものは五百才が間だ、仏法僧の三宝を見聞することが出来ないのみならず、
又仏を供養することが出来ない、当世の世に経道滅尽せんに、我慈悲哀愍を以て特に此の

経を留めて止往すること百才(明治百年まで)ならん、其れ衆生ありて斯経に値ふ者は意
の所願に随(したが)いて皆得度すべし、それ故に此の経を聞いて信じる者皆思うように

出離解脱する事が出来る、それだから阿難(御神言一切をまとめて説くのはまことにこん
なんである)よ、衆生が此の世に於いて阿弥陀如来(つないでつっぱって女が説いてくる

と言うこと)を見たいと思う者があれば、無上の菩提心を起こして諸々の功徳を行じて彼
世界に往生遂げたいと願わなければならない。阿難又問いたてまつる、其仏成道より己来

(このかた)幾時を経たまへりとやせん。「仏のたまわく」成仏より、凡十劫(大正十四
年丑の年より昭和十年亥の年初成仏)己来(このかた)、凡十劫を歴(へ)たまへり(昭

和十九年しっかり悟りを開いた年)釈迦牟尼の補處といふ菩薩釈迦入滅後五十六億七千万
年を経て此の土(弥勒五十六、七才昭和十九年より昭和二十一年の年三年目に出現すると

ある)に出現し竜華樹(りゆうげじゅ)下にて正覚(正しくさとる)を成し釈迦の説法に
洩(も)れたる衆生を済度(さいど)すると仰せられてあります。

   仏説無量寿経の中に
「如来の道化、各能く宣布して、諸々の菩薩のために而(しか)も大師と甚深の禅慧をも
て衆人を開導す」と示しあります。

   解    釈
如来の説法の通り、その儘何れの法門(各宗教の聖典)をも説法し、諸々の菩薩のために
は師匠となりて之に説法し専心守一(禅定)にして俗縁を離れる事を定め神通を現し、智

恵より光明を放ちて有ゆる衆生を開導せらると書き残しある事をよくよく知るべきであり
ます。

   観世音利世記の三称我名の中に
都(す)べて仏法の道理は三業相応せざる行は結縁の善根となって広大の現益を得ずと申
すは大小顕密(けんみつ)の掟なり、是故に有信の意(こゝろ)に念じ口に唱へと希(ね

が)はくば必ず三業(口と心と行いと)を相応すべし。

 三業とは釈迦の大願であります。口と心と行いとであって、大きくとれば、仏、基、天
の三ッを一ツにして大神様(日月の大旨)の世の元初まりの大計画の大聖旨を聞き分ける

のが第一であります。

釈迦入滅後二千五百年、第五の五百年に初成仏した年限は昭和十年に出現して、それから
十年の歴をへて、昭和十九年に正覚を得たのであります。お釈迦様は日月大神様の化身に

してお出し下された大乗の本願である大経の中に「王仏冥合(おうぶつみょうごう)」と
示しおかれたのは真仏の出現するまでは仏の法式を知らんから形相の智覚すべき者なしと

仰せあります。現在(一九七〇年)は真仏を世に現わして泥海世界の人間心に大神の大旨
を明らかに解くのでこそ、世界平和となるから甚深が分かるのであると示しあります。

 王とは三大天啓の事である即ち仏教、基督教、天理教、三教を一ツにまとめる意味であ
ります。(三を|にして一貫す)

仏とは覚行円満なる小界最上位と言う事であります。即ち真仏の事であります。像ではあ
りません。この真仏が釈迦の大願を解明する深き元の因縁を以て来た事を左(下)の通り

であります。     たしかな証拠は

     ぱつ   つ
     りっ   な    風    月    日
          ぎ                   南

    (だ)  (み)  (あ)  (む)  (な)   無

     陀 =  弥 =  阿 =  無  = 南    阿
     ‖    ‖    ‖    ‖    ‖
      人   ‖     日   ‖    ‖    弥
     の = 神 天 = 天 = 如 釈 = 仏
    子    宮 照  子    来 迦   ‖    陀
     ‖    ‖    ‖    ‖    ‖
    津 大  に ほ  や 鏡    観   ‖    の
    ノ  =命ぎ  の = し    =    世  = 法
    神 食  の に  き    音     ‖    意
     ‖    ‖    ‖    ‖    ‖
    甘 人  童 三  分 風  菩 弥   ‖     味
    ろ  =     =    =        =   僧
    台 間  子 才  け 吹    薩  勒

1、むほん払い七柱、御神言一切を切り出して世界太平とするのであります。

2、七ツを一ツにまとめる理、基督七ツ星、金ノ灯台と印し伊勢ではかまどの神。
  大食津ノ神(おおげつのかみ)

3、仏教に灯明台と仰せあり。天理教は人間甘露台と仰せあり。キリスト教では金の灯台
  と仰せあり。

4、三教を一ツにして天の扉を開くのであります。

5、三才童子とは昭和十九年に正道を開きてこの年より三年目に理の台として誕生したの
  である。キリスト教では三日目に甦がるとあります。いれも同じ意味であります。
                             合せ鏡よりその6へ続く
 

第23合せ鏡よりその4

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月 8日(土)12時01分0秒
        合せ鏡よりその4
 外国では大きな地震にて死人の山、我が国にも九州や四国、秋田県、新潟県にも地震で
死人を出し又各国に散乱起こり目も当てられぬ悲しむべき世の中となってきましたが、我

が身にかゝらねば人の苦しみを真から察しる事が出来んのであります。人間は愚かな者で
ありまして我が目前に現れてきて始めて何かに頼る様になります。よく人は叶わん時の神

頼みと言うて居りますが、全くその通りであります。なれどその時だけで、その苦を逃れ
たら「咽喉(のど)元過ぎれば熱さを忘れる」と言うてあります。

併(しか)し真実の神は、どなた様でありましょうかと考へる人もいません。真実の神を
知らんから、この世の中は強い者勝ちで我が事ばかり、自分さへよければ人の事は知らん

顔して居る。よはますます人間心で濁り泥海世界となって来たのであります。世界の騒々
(そうぞう)しい事をよく考へねばなりません。

 第一宗教家が活躍して働く時が当来した事を悟らねばならんと思います。決心を定めて
派分けせず一手一ツに固まって世を助ける心になって働いてこそ、大神様も喜んで下さる

と深く思うのであります。お経文と言へども基督教聖書と言へ共、天理教御神言一切は何
れも元を直(ただ)せば皆一ツ月日様よりお出し下されたお言葉であります。元は皆一ツ

のものである事をよく聞き分けて行かねばなりません。何も彼も切りかへるために火水風
土の変化にて光化学の公害物として現わし、大神様は世の立替なさるのであります。

 宗教家は、まさかの時には何事も我が身忘れて凡人の心を安心さすためのお役に立つ事
に依りまして大神様は極楽の世と立て替へて下さるのであります。今の宗教は商売の様な

もので、立派な建物を造り、人の迷いの台にしてお金もうけして居られる所も見受けます。
出家とはお金もうけせよと言うてありません。天然自然に成り立つ道で人間が求めずとも

与へあるのは真実の精神さへつくせば神は捨ておきません。神様の仰せ通り現世は国と国
との戦いが起り、民は民を攻め、革命が起り、世は荒れ狂い日々の新聞紙上を見ましても

喜ぶ事一ツも載って居りません。愈々神様の御支配の世となり大掃除をなさる旬が当来し
て誠に悲しみの絶える事なく、この元は何から起こってのでしょうか。人間は心一ッが我

がもの、この世のありとあらゆる一切のものは、神様より借物であるという事が分からん
から自己反省もなく、我利我欲を振りまわし、善人等の迷惑も思はず清らかな世界を濁(に

ご)し、泥水を吹き上げて只々汚れた、この心が空中にみなぎってある本当に悲しむべき
現世であります。各宗教家は何を中心として是から先は如何に致したら世は太平になるか

をしっかり考へねばなりません。宗教家は我が一戸丈の信仰ではありません。

 お釈迦様は大乗の掟(おきて)を悟しおかれたのであります。基督教ではマリア、又は
十字架を信じての信仰でありますが、人間の思う事と神様の大旨とは大きな違いである事

聞き分けねばなりません。

    基督教聖書の中には
17「刻みたる偶像に頼み、鋳(い)たる偶像に向かいて汝等は、われ等の神なりと言う者
は退けられ大(おゝい)に恥をうけん。」18「聾(みゝしい)者よきけ、めしい者よ眼を

そぎてゝみよ。」19「めしい者はたれぞ、わが僕(しもべ)にあらずや、誰がわがつかわ
せる使者のごとき聾(みゝしい)者あらんや。 誰かわが友のごときめしい者あらんや、

誰かエホバの僕(しもべ)の如きめしい者あらんや」と示しあり、 又天理教と言へば

日本伝統的神道の自然の神を中心としていながら独善的限界を持っていると言うてありま
す。それに今の天理教の信者等は、何を中心として祈願して居られるのでしょうか。現在

の天理教は中心が間違って居るから石の甘露台記念碑にお勤めして居られます。

 信仰するには何かしっかりしたものを掴(つか)むことが第一必要であります。あちら
の神様はよく聞いてくれる。又他の人よりどこそこの神様はよく当たるとか、いろいろに

あちらこちらとする、是を迷信というのであります。今日迄は三ッ子の片言まじりで通し
て来たのですが、もうこれからは確かな心を造って、しっかりした信仰でなかったらこれ

から先は行きづまりの日が来て身上事情で苦しむのであります。現在の宗教家は経文やバ
イブルや御神言一切の中に伏せ込みある人物をしっかり研究して踏み止めねばなりませ

ん。仏教にては弥勒、基督ではイエス(人の子)、天理教では人間甘露台、いづれも再臨
してきて三教一ツに説く人物が長年かゝりて神の大旨をお伝えして居るのであります。

実の神は何処に居られるのか分からずして信仰の道に人を導いて居られても自己の胸の内
に神の真実が分からんから世は助かりません。法華経の中に(真如本格と一念三千)と言

うてあります。この意味を解かねばなりませんが神様の仰せに「何でもない事知らんのか」
と示してります。釈迦の一念を三千世界に広める事を仰せある。又真如本覚とは世の元を

覚(さと)り釈迦の本心を広め世の中の人に救済なすと言う意味であります。神様の残念
出たら「医者も薬も効(き)かんで」と言うてあります。

   御神言の中に
さあ\/何を急ぐ\/たった一ツの(大神様の大旨を釈(と)く)台が急ぐ\/。「人間
甘露台に月日二神が人体借りて出現する」とあります。即ち神の御言葉一切を正しく解く

台の事を仰せられてある事が分からんから宗教家は安閑(あんかん)なものであります。
仏教でお経の中に「末法悪濁の時に至れば人間で人間を治める事が出来ん」と言うてあり

ます。お釈迦様が書残し下された御経文の中の意味は「弥勒菩薩が出現して釈迦の教え通
りに修業して大経を全うし世を修めよ」と仰せられてあります。よく聞き分けて実行せね

ば釈迦に念仏を読んで聞かして居るのと同じ事になります。

 又基督教の聖書の中の意味は十字架を祭ってイエス(人の子)の再臨を待って居られる
のでありますが、キリストが十字架に罹(かゝ)られたのは何のためでしょうか。言わず

とも世を救うために我身犠牲となられたのであります。基督聖書の中に「審判(さばき)
をさへ皆子(父の独り子)に委(ゆだ)ね給へり」とあるのは月様は天の父であります。

父の姿は目に見えん聖霊でありますから、口も手も足もありません。父の大旨の教典をよ
く聞分けて父の望みの大計画をしっかり踏み止め父のお心に添う「人の子」に一切に事を

委(ゆだ)ねられたのであります。広い世界に神様のお心に叶うた者は只一人であります。
 この「人の子」に月日が体内入り込んで神の一念にて三千世界を照らすのであります。

即ち「人間甘露台」の事であります。 確かな証拠を出しておきます。

   仏    教
 お釈迦様(月日の化身)が阿難に話し下された二十年間のお言葉を経文にして書き残さ
れたのであります。

 南無阿弥陀仏とは如何なる意味か、ただ口先で唱えるだけの軽い意味ではありません。
しっかり探究すべきであります。

   法華経の中に
 真如本覚とは何の意味か。   題目とは如何なる意味か。

 南無妙法蓮華経とは如何なる意味か。

皆観世音の変化したまへる異形ぞと伝へ待(はべ)る。神変真言経に、不空羅索観世音(ふ
くうけんそくかんぜおん)は普賢菩薩と変現す。と説き、多羅義軌経(たらぎききょう)

に、文殊勢至(もんじゅせいし)、虚空蔵(こくぞう)、弥勒等(みろく)の菩薩は皆多
羅母観世音(たらぼかんぜおん)より出生すと説き。註「多羅母観世音とは」=(あまた

の鳥あみをかけて世界に獅子吼(ばえ)にて日月の大計画の大聖旨を知らすために出現す
る意味)又諸経の中に列(つら)ねる施無畏菩薩陀羅尼大士(せむいぼさつだらにだいし)

などは観音の異名と申すなり。◇註、観=照らす、世=三千世界、音=大音声の意味なり。
「妙音山の口決に」三宝荒神は聖天と一体と伝え、按(あん)するに庚申(こうしん)(青

面金剛(おうめんこんごう))と荒神同体なり(日月風の大神様のお姿である)

   真実の神現れる
 抑(そ)も抑も宗教は改革せねばなりません。今日の有様を眺めますと、宗教を求めて、
祖師、管長は、神秘の実存を知らず、幾百万の信者に対しては、苦衷(くちゅう)やる方

なし、胡城に捕らわれし信者は迷宮に入り人に依りては信仰に濃淡厚薄の差はあれども信
仰思想は一時的に断念さるものに非ず、再び妄想霊感(もうそうれいかん)を夢見て教友

を導き党派を再興を計るものあり。亦無神論者となりて思観(しかん)みだるゝものあり、
学説信仰の両極端を採(と)りて巧(たく)みなる論説家となりて社会を遊行するも是非

なし、実際実情の裏面を視るに、現在千九百七十年代でありながら、今迄の宗教家は表面
を立派に裏面には神秘を知る者一人もなし、誠に悲しむべき次第であります。人間心の考

へでは一切大神様はお許しありません。偶像崇拝(ぐうぞうすうはい)に劣(おと)る共
勝(まさ)る事はありません。仏教七千余部の御経文に只、なむあみだ仏の名号の中に一

切経の要を封じてある神秘を知らず偶像に向う丈では、御利益(ごりやく)はありません。

   親鸞聖人の教へには
皆人の心得たる通り何の分別もなく口に只称名計り唱えたならば極楽に往生すべき様に思
へり、それは他力の信心を取ると言うも別の事にあらず、南無阿弥陀仏の六字の心を良く

知りたるを持って(日月風の御神意を天にもつなぎ地にもつないで大神様の御胸の中をよ
く聞き分ける事によりて)信心決定すと言うなり。僧侶、神官、布教師等はこの名号の意

儀の深甚(しんじん)たる事は一寸に分かるはずはありません。

   妙法蓮華経の信解品の第四に
 「五十年而(しか)も未だ曽(かっ)て人に向ひて、かくの如き事を説かず」と述べて
あります。お釈迦様(日月の化身)は◇「註」釈迦=一切の経の中を釈を加えてみちびく

(辷*一を取るしんにゅうのみ)(人の意味)再来の旬が当来しませんから只々「なむあ
みだ仏」忘れぬ様にせよと仰せられたのであります。正法、像法、末法、満年となり今日

泥海世界となりても、いまだに真仏を踏み止める事が出来ずに居ては、現在の世の中を如
何にして治める事が出来るのでしょうか。天災地変を如何にして世の中の人等の生命を助

けるのでしょうか。大神様の大計画の大聖旨は何であるかをしっかり研究せねば世は治ま
りません。よくよく思案せねばなりません。真仏生まれた年より七×七=四十九年は昭和

十二年で満の年で五十年の年限を仰せられてありました。もう今日の日では、金、石、木
の像を拝して大神様は満足出来るでしょうか。神通力の開輪を天に仰ぎて絶対なる神の発

動を世に示し以て神を明らかに知る事に依りまして始めて御守護を頂く事が出来るのであ
ります。若(も)し神の発動が、なかったならば、神と言う又守護と言う事が、なかった

らこの世の中は有名無実のものであります。今迄に人間が今日世の中に生存している事も
分からねば従来の信仰は偽善であります。この世の中は暗夜であります。

    仏教の聖典の中に
 釈迦の教法マシマセド修スベキ有情ノナキ故ニ悟リ得ルモノ末法ニ一人モアラジト説キ
給フ」と書き残してあります。

 多羅母観世音(たらぼかんぜおん)を踏み止めるのは中々むつかしい、その中に因縁な
くば如何程、「なむあみだぶつ」とお唱へ申しても真仏を踏み止め出来ねば極楽浄土へは

中々むつかしいと仰せあります。   証拠に

 弥陀ノ大悲フカケレバ仏智ノ不思議ヲ現シテ変成男子ノ願ヲタテ女人成仏チカイタリ」
と教へられてあります。
                             合せ鏡よりその5へ続く
 

第23 合せ鏡よりその3

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月 2日(日)11時42分25秒
       合せ鏡よりその3
     神 一 条 主 旨

世界万国 法政至らざるはなけれ共、未だ宇宙神明の大法を覚得せざる為、万象皆、自以
個独の邪心に捉(とら)はれ、世は濁悪なり。これ国の乱るゝ基(もと)にして人智の間

に「不思議」と「妙」を知らぬ故なり。「不思議」と「妙」とは即(すなわ)ち神の法則
にして、善因は善果に、悪因は悪果に転輪するものなり。この議は古来常習の如く、教育

上の戒語として、今尚世に流れるつゝありと雖(いえど)も、その実相甚だ皮相にして真
核芯に触れず、弱者の処世術に過ぎざるものゝ如し、悪因悪果の言葉を尽くし他人に教え

ると雖も、自ら善因を行う者稀(まれ)にして、二善を行うも三悪(さんあく)をなし、
差引悪因を植え斯(か)くして悪の種は厳正なる天の法則に依り、悉(ことごと)く自己

の許に帰有する処となりて、苦界(くかい)の因(もと)を作(さく)す。これ全く無智
(むち)にして、天の支配を知らざる無神論者なり。

それ地上に豆を蒔きて豆の発生することは皆よく知ると雖も、自然の有常にして不思議と
なさず、思想より巡(めぐ)らせし罪悪が、無形のうちに化育せらるゝものなり。

人間これを唱えて、天より降り来る災難と云う。一を知って二を知らざる愚者なり。人類
発展の上よりこれを視る時は、創世末期の“半智“ “半学問”と云う。而して、“満学

問”とは、即ち“天書”なり、日月風土の言信なり。今や世界は人智進み、文化極みに達
し殊更に神仏「末法の世」と宣(のたま)う所以何故か、吾れ天語を読みて悟るに、不安

不明なる世のゆきずまりに非(あら)ず。天法開諭の現前にして萌芽(ひこばえ)の前の
落葉に等しき好時(こうじ)なり。現世は諭すにあらず悟るにあり、人間は何に依りて生

命を保ち居るや、即ち息一条(いきひとすじ)に依りて生命を保ち、息一条に依りて生命
を失うことを物覚ゆる児童も知るなり。併しこの息一条をいづこより来たり、いづこへ帰

るを覚(さと)るでなくば只この世に息して食を求め働くことの他知らずば四海同胞と言
う事も分からず、四海兄弟と言う事も分からん故に国と国との戦いをなし、一家の内でも

夫婦兄弟の争いをなして天恩を知らず遂には自暴自棄の舟を求めて胡城の客となるも亦詮
方なし、而して迷宮(めいきゅう)に入りたる信者は人によりて信仰に濃淡厚薄の差はあ

れども、信仰思想は一時的にあらざれ共自己本意が故に自世の行き塞(つま)りとなりた
り。宗教異変の直前に一考一案あり、今の世は再び妄想霊感を夢て教友を導き党派の再興

を計るものあり。無神論となりて思観乱るゝものあり。学説信仰の両極端を採(と)りて
巧(たく)みなる論説家となりて社会を遊行するも是非なし。実際実情の裏面より視るに、

一掃は却って一塵(いちじん)を止むるの感あり。こゝに於いて「神一条教主」三教解説
の立場より御神言を中心として所感を述べ、宗教家並びに宗教当局の監察の資に供す。日

本神国の定めとして、奉皇祖始め、萬神九拝の礼儀は申す迄も無き事なり。時至りて神通
力を現し、世界大救済を垂れ給う。日月二神は火水風土の四大を自由自在に司(つかさど)

り給う三大天啓の主宰神にして神話の符合すること、恰も雨の一味なるが如し。萬物の化
育生死共に、日月の衛護ならざるはなし、実に世界萬象の神にして、この日月二神により

て神念の統一に改たむるの外なし。しかして“神官”“布教者”たるものは大乗大語を鮮
かに繙(ひもと)きて神命の報ずる処をそのまゝに萬象の前に差し出し、天慮の果程を悟

らしめ、人道に従いたる時始めて天の大慈悲を垂れ給うものにして、病苦は勿論天災に至
るまで、大風直ちに止み、旱水直ちに雨を下げ給うもこの時なり。人間の方法手段、常識

を 以て天道を知る事は絶対なきものにして、天慮(てんりょ)は天より方法を以て示現
せらるゝにものなり、例えば親の胸中を知る幼児なきの道理にして、天道と差別も亦こゝ

にあり。従来の信仰は未開なるため、神官直ちに神の代表者になり、美服をまとい、髭(ひ
げ)を撫(な)で、病者弱者を引き寄せて自力自尊の方便を以て善となし、偶像崇拝に劣

るとも勝ることなし。丸学問とは如何に・・・・衆生皆神通力の法則をよく学びて「転輪
の妙」を悟り善因に勤め、悪因を去り、善果の収穫を甘受して、世に天災なく、悪病なく、

豊作打続き、国民安住を保ち迷える者なく、嘆き悲しむ者なく、この時、天帝の喜び拡大
にして、これ全く子孫長じ親を案ずるの議こゝにあり、今や人智進み文化至り、何故を以

て、末法の世と定め給いしかは即ち人世苦果の末期にして不安不明な世の行きつまりに非
ず、人智の発達修行全く終わり、当(まさ)に転輪の法則を覚得(かくとく)する不思議

の妙境に到達なしたる事実明らかに証拠あり、証拠とは、釈尊の経典七千余部、基督の新
旧約全書、天理教祖の御筆先、御指図(七十年間に渉るもの)は正しく天地共通の三大天

啓にして、恰(あたか)も関所の符札を合するが如し、これ全く人智修業の末期に当たり、
日月御両神様より人間に与えられたる、大宝蔵仏にして極楽世界大発見の大事業也。この

三大天啓は大通智神力と称(とな)え給う。今日まで各宗教宗派の特有物となり大切に宝
物致されあると雖(いえど)も、或は意味を含みて説く者あり。中にはその真相全く不可

解なりとして用途あるなきの宝物扱いとなり。解を加ふる人あれ共学識を以て自己の信ず
る所を説き、天神示喩の妙境に達すること浅くして尚遠し。

    「宗教は改革せねばならぬ」

宗教の悪習は萬象教育思想の上より一掃せらる可ものにして当然可也と思考す。宗教家は
いかなる手段、障害を受ける共、速やかに甘受して無我の境地に坐し、我の存亡は神仏の

命ずる所とするも、蓋(けだ)し一掃を受けたる後何をもって世に処するか。石木の像を
拝して満足を得るか。神通力の開輪を天に仰ぎて絶対なる神の発動なく、有名無実のもの

とすれば従来より萬象に与えたる信仰は偽善なり否、未開なり。自尊的教則の授記あると
も或は方便にして或は諭百説にて論語修養に等しく進展する社会萬象を教導するに足らず

とす。 これ“神智”“人智”両足の遠隔より来る自然の洵汰(水流をうるほす)にして、
神秘に寄寓する開法のメモガなり。一日も早く神意を悟りて全世界に日月の光明を照し極

楽浄土にて天国を造り宗教家にては、大小を問わず派分けせず一手一ツの精神を固め世界
平和を根本的建設に邁進致したく存じ庶民と共に一手一ツの精神を持って派分けすること

なく日月の定め給いし法則に従いて萬国一体となり日本神国を発耀につとめせられんこと
を節にせつにお頼み致す次第なり。太力王命の働きにて天の岩戸の扉を開くのでなくば、

日本神国の意味は分明せず我が俺がを捨て神に化す可しとめい\/が、神の大旨を守って
新しき世界平和建設の基礎を固め、人々が安心立命に念願する原動力はこの神一条教の信

念であり、且又、日本神国の誇張とするところであります。萬国一体全宗教家は一眼とな
って月日二神の大聖旨を皆に分ちて、正しき教えに一人一名が清き心を保たん事を祈りて

因果の秩序を悟らしむるを教義とし、この教旨を以て宣布致すのであります。

    時 旬 到 来
一千九百七〇年代は、大神様が全世界の大掃除をなし、世の立替の旬が到来したのであり
ます。大神様の大計画の大聖旨は何処にあるかをよく考へねばなりません。今年と言う今

年は、天災地変にて人間の心の埃を叩(たゝき)出し心の大掃除して精神を立替せねばな
らん年であります。

 現在世の中を眺めますと、日に日に、ますます悪い事ばかり起きて人間の心は恐怖に追いこまれ、安心感がなくなる様に思います。

日々テレビや新聞紙上の報道を見聞しますと、人間の寿命を保つ第一の食物にしてもカド
ミウムの公害は恐ろしい、汚水より危険性の高い毒物を含んだお米が出廻る、又新米にも

毒黴(どくかび)が出ている。衣料品にしても肌着にはアレルギーを起こしたりする物や、
空気は濁(にご)りて公害病に悩まされ、又心臓移植等医者の試験台になって尊い命を失

ったり、空には航空機事故、陸には交通事故にて生き地獄、海には船の事故水難、あちら
こちらにもガス漏れ火難にて、いづれも死人の山積となり、それに汚職で隅から隅まで、

かくれていた事が、すっきり掘出され罪に落ち。病源の分からない難病スモン病や、イタ
イイタイ病、水俣病等種々様々なもの一切の起る元は何からでしょうか。学者等の御研究

に依りますと、水銀、石油、鉛とか各社会は烈しい工業化の動きに依りての原因と言はれ
ますが、七十年代の年を迎えてますます烈(はげ)しくなりましたのは何故でしょうか。

私は、昭和三十四年十二月に熊本県水俣市市立病院に、水俣病にて悩んで居られる人達の
事を聞きお見舞いに行きました。病院内は誠に静かでした。看護婦長さんにお願いしお許

しを受け患者さんに会わして貰いました。一室五,六人位でした。婦長さんの親切なご案
内に依りまして一室毎に入らせて頂き、一人一人に全身を真実赤心(まごころ)にてさす

らせて頂きました。患者さんも大変喜んで下され、婦長さんも涙を浮かべて喜んで下さい
ました。私の思って居たより意外の難病でしたので胸が痛く感じました。全身の神経は痺

(しび)れて食事取るにも手が大きく振り箸はしっかり持つ事叶はず、口が開いてもご飯
を口に入れる事は出来ず、皆零(こぼ)れて誠に困難でありました。お茶碗は落して悲し

そうな顔つきでありました。目の視力は淡く本当にお気の毒なお姿でありました。只水俣
病と言うて居る丈では、その病んでいる人の胸中は如何に不自由な事か深く察しる事が出

来ません。入院患者さんは、その当時皆で二十九名でありました。

 一ッ二ッ例を上げて見ましょう。誠に口では伝えても分かりませんが、川上タマノ様当
時四十六才、この方は寝台に身を横たわり全身神経麻痺(まひ)との事でありました。

お見舞い致した事を知って私が身体をさすってあげましたら、大変喜ばれ、身体を上下に
寝台が損じないかと思う程動かして喜んで下さいました。二日目にお見舞い致した折は寝

台から下りて茣蓙(ござ)の上に座り、看護婦さんに煙草を吸わして貰うて美味そうに吸
うて居られた。でも全身や手がブルブルとふるえていました。

 船場岩蔵様当時六十七才は息子さんを水俣病にて亡くしたとの事、お嘆(なげ)きのお
話をして下さいました。ご自分も同じ水俣病に取りつからて奥様に付き添われ寝台に横た

わり苦しんで居られるご心中誠に誠に悲しみと存じます。種々お話しでお心をなぐさめ身
上をさすらせて頂く間両手を合わして喜んで下さいました。

 松永クミコさん当時九才は、四年前から神経は全部麻痺(まひ)して目も見えず、口も
きく事が出来ず、寝た切りで全く身動きも叶わず、食欲もありません。只息している丈で

す。看護婦さんが玉子を口に流し込んでおかれると自然自然にのどに流れて胃にはいる様
な誠に何と申してよろしいやら可愛想で可愛想で不敏な事と一しお、私は涙を呑んだので

あります。それで一生懸命に少しても身動きが出来ればと思いまして神様にお願い致しま
した。

福山長次郎さん、当時七才は父親の一喜さんに付添われて入院して居られました。私がな
ぜてあげましたら、子供乍らに一生懸命頭を下げて何かお縋(すが)りして居る様な姿で

した。 この様な小さい子供の心の中を思い浮かべますと一日も早く身の自由用叶わして
戴く様心からお祈り致したくなります。 それからそれへと次々に婦長さんが病室に案内

して下さって一人一人のお身上を皆同じ様にさすらして頂いたので大変喜んで下さいまし
て私も嬉しく思いました。 是迄に患者さんを見舞いに来て下さった他に人等は、只病室

を覗(のぞ)いて「お大事に」と言われる丈でありますので、患者さんが「私等を見せ物
の様に思うてドアを明けて次々と覗(のぞ)くばかりやから、もう見舞いの人が来られて

もお断りして欲しい」と患者様一同は嘆(なげ)いて居られると婦長さんから聞きました。
世の中の人等は暖(あたたか)みが薄(うす)らぎ情がなく冷たい有様を聞いて私は悼(い

た)く悲しく思いました。四,五回お尋ねして二十九人のお方にお別れの言葉を申した所
が、二階からも、玄関からも、さよなら、バイバイとまわらん口で、又ハッキリ見えぬ目

で銘々思い思いにお別れを惜(お)しんで下さいました。
 私達が旅館を出た後で上村トモ子ちゃん当時三才は母親におんぶされて私を尋ねて来ら

れたとの事であります。トモ子ちゃんも目も見えず、口もきけず、全身の神経は麻痺して
只口をあいて目を左右に動かすばかりでアーアと言うだけ母親の心の中は何と申してよい

やらお気の毒な事と思います。水俣病の恐ろしさを深く感じました。この惨(むご)いこ
の病気を一日も早く助けて上げるには、会社や工場の事ばかりではありません。人間の力
では、この惨い水俣病は、仲々直る事は難しいと思います。

 私の帰宅後、福山さんより患者一同の喜びの御礼状が届きましたので一寸書かして頂き
ます。宛先昭和三十四年十二月十七日付にて、その当時大阪府布施市三ノ瀬二丁目三一番

地、神一条本部、差出人、熊本県葦北郡水俣市、水俣市立病院三病棟、福山一喜様より入
院患者一同(葉書にて)「拝啓向寒の折柄、わざわざ遠路の所迄御出下さいまして且又御

親切なる御見舞頂き厚く御礼申し上げますと共に、中心より感謝致します。私等は只、今
日今日を送り世界の人ではありません。ただただ朝夕神と仏を便り御暮らし致して居りま

す。甚だ失礼でありますが、乱筆にて御礼方々御身大切に第一に」と喜びの心の中を書き
現してあります。

世の中に人等は人の事と思わず、皆々心を合わせて助ける様お願い申し上げます。人間は
只々目前にある事だけは、よく分かりますが、隠れた根元を知らず、やれ公害や、汚染や

と騒ぎ立って居りますが、只水を澄ますことのみ喧しく申して議会で言い争うてみても、
大神様の大恩も知らずに只人間方法手段ばかりで工夫を凝らしても大海の水を澄ます事は

到底難しい事であります。一日も早く大神様の神意を知る事が第一要であると思います。
 人間はこの世界初の大神様の大計画の大聖旨を知る由もなく、自己本意ばかりで大神様

の許す事の出来ん現代の世の中になった事をしっかり知らねばなりません。お神様の残念
により天災地変にて大掃除にかゝって世の立替に廻っていられる事を早く悟る事によりて

火水風土に怯(おび)える事なく第一世は治まり太平の世となるのであります。

 三大天啓(仏・基・天の教典)に堅(かた)く戒(いまし)めてあります事をよく研究
致さねばなりません。神を疑い善人を騙(だま)し、正しき道を知らず、只自己本意のみ

にて通る人等は、この度大神様の大掃除に皆々埃散る如くに皆散ってしまわねばならんと
言うてあります。この七十年代の年を向かえて、よくよく精神を立替へ、この三大天啓の

中の意味をよく知るには宗教家の各教典を探究せねばなりません。仏教では釈迦(月日の
化身)の大掟を、基督教では人の子を探さねばなりません。天理教では人間甘露台を踏み

止めねばなりません。三教を一ツにまとめる世界大掟の大計画の大聖旨をしっかり研究す
る事が第一であります。
                             合せ鏡よりその4へ続く
 

第23 合せ鏡よりその2

 投稿者:安達  投稿日:2007年 8月30日(木)11時20分36秒
        合せ鏡よりその2
     私 の 苦 労 の 道 中
私の生まれた所は京都西陣であります。明治二十二年八月三日(旧七月七日)浅野豊七の
二女として母上の三十三才の役年に生まれたので、お米を入れる箕に入れて捨子として、

お向かいの知見様の門口へ家の番頭が置きに行ったとの事。名前は浅野弾正長政の三代目
のおばあ様の名を戴いて国(くに)と名付けられました。お商売は米商と餅商でありまし

た。雇人は男子十五人、女中五人、うば一人で大勢の中で育ちました。私は七才の年に目
にほしが入って其れから後は、身体も弱く神仏の信仰も致して、朝夕の仏様のおつとめは、

お母さんの変わりにしっかり務めて居たので他家のおばあさん等が私のお友達でありまし
た。お寺参りを楽しんで何時もおばあさん達がさそいに来て下さいました。それで近所に

病人さんがありますと、其の寝ていられる病人さんにフウフウと吹いて上げてくれと言わ
れて、何やら分からんまゝに言われた通りにしますと、明けの日に其の病人さんが良くな

ったと言うて来られた事をよくおぼえています。存命中にお母さんも私を見て「此の子は
何とした子やろ。岩がくずれて来てもびくともせん。先になったらどうなるやろ」と案じ

て下さいました。先を案じていろいろの仕込みをして下さいました。七才の時、肌着を水
にて洗濯のけいこをしたり、八才になって学校へ行く前に大きな中れんじの戸を四枚毎朝

水でゾウキンだまりの出来んようにふくけいこ。お父さんは三宝荒神の棚に祭った布袋さ
んを見てみよ、あの布袋さんはわしの腹は太いと言うて、トウウチワを持ってニコニコわ

らって御座ると教えて下さいました。お母さんは「女はどこへお嫁に行かねばならんや分
からんから、お母さんの云う事をしっかり聞いて忘れてはなりません」と云うて、女は他

家へ嫁ぐ時の三枚重ねの衣装は、一番下は白、これは先方へ行く時は無垢で行きます。二
枚目は赤で先方へ行きましいたら真実誠を持って赤心でつくします。三枚目の一番上衣は

黒、嫁いだら他の事は見ずに家のために他には心は染めませんと云う意味であると教へて
下さいました。「頭のつのかくしは、何事もよしあしを考えて口出しは心掛ける事で、か

んざしは亀の甲で造ってあるのです。亀は人に何事云はれても、人に踏まれても頭や手や
足を中に治めて居るので、亀は万年命を戴く事を悟してあります。常々心得て務める事に

よりて幸福を得る事が出来るのである」と云うて聞かして下さいました。親なればこそと
今日感謝致す様になりました。雪の中で蓮より糸を取りてマンダラを織られた中將姫の事

を思いて、どんな苦労もたへしのぶ事が出来たのであります。私の屋敷は半町、その大裏
半町は茶園畑でありましたが、今は藪も取り払ってお寺の墓地を残して他の地面は大きい

立派な乾隆小学校になっています。浅野家のお墓は藤原家に預けてあると常に聞いていた
のですが、そのお寺に浅野のお墓と藤原家のお墓がありましたので得心出来たのでありま

す。お寺の名は昔弘法大師がどんぞこの苦労なされた時に観音様とお地蔵様を彫刻なされ
て其のお寺の名を苦抜寺と名付けてあったのですが今は釘抜地蔵と呼んで居ります。

明治三十二年にお店の番頭の兄様が死亡して後をつぐ者が無いので私の父が後見を引き受
けた所が、其の家には大きな借金があると云って戸田と云うモグリ大げんが催促に来まし

て大変父上を苦しめるので幾分お金を渡されました。その時の受取書を失ったので其れに
付け込んでますますはげしく催促されるので、本当に父が可愛想でたまらなくなりまして

北野の天神様に二週間のハダシ参り、朝夕父上の年のかずと私の年のかずとをお百度致し
て毎日かゝさず祈願しました。天神様は私の心をお受取り下されたのか、二週間の終りに

家へ帰って大福帳を開いて見たら何度探しても無かった受取書が出て来ました。父上に申
し上げたら涙をこぼして大変よろこんで下さいました。これで戸田が来ても恐れる事はな

いと気強くなりまして暴力を振りまわされては父上が苦しみますからと思ってお巡りさん
を頼んで待っていました。明けの日、戸田はえらい勢いで無言でいきなりお座敷に通って、

父上にステッキを振り上げてぶとうとしましたので、私が思わず知らず戸田の足を持って
こかしたので大変おこって「何をする。このちんぴらめ」と云いました。その時、お巡り

さんが近寄って戸田の手をしばろうとしましたので、父も私も同時に「許してやって下さ
い」と頼んで上げました。父上がだんだんとさんげする様云い聞かしたので、戸田も「悪

かった」とお詫びして炊事場の刃物を持って来て自分の指を切って改心致した事を申して
立ち帰りました。父上は昔から仏の豊七さんやと云われていましたが皆から一層ほめられ

て大変うれしいでした。父上も三年寿命を縮めたと申して居られ、それから三年目に少し
のわずらいで明治三十六年九月十日に五十一才にて死亡しました。私は十五才でした。

雇人もへらして母上が後を嗣いで商売していられたのですが、何分奥ゆきの深い屋敷で毎
日半町の大裏から斗箱に二斗づつ表に米運びをするのに父上と同じ様には出来ません。

それから姉上が病気にて明治三十八年四月十八日、二十五才にて死亡しました。同じ年の
十二月二日に母上も死亡致しました。後に残った兄上と私は二ッのお骨を床に祭って巻セ

ンコの火を消さん様にお守りして、三十五日目に兄上と私とで香典返しのお茶の子のおも
ちをついて皆にお返し致しました。財産も一町程あった家屋敷も、親籍が財産の整理に寄

って来て父母姉の衣類を売り払い、お米は中裏と大裏に米俵、幾棟も幾棟も積上げてあっ
たのを、兄上や私がいてはしにくいので、兄上は母上の弟に当たる造り酒屋へ、私は父の

親籍の織物をしているおじの家へ引き取られました。兄上は幼少の時にお米の俵の下敷き
となり、ノドブエが止まりて不具で可愛想でありました。叔父の所へ預けられた時にはお

母さんがお嫁入りする時の用意にと箪笥九荷と長持ち丈は有りましたが小遣いも貰らわず
に、ただお米の掛金の掛取帳一冊丈でありました。毎月一日と十五日の休日に父存命の間

の得意先に掛取帳を持って貰いに行ってそのお金でお兄さんと私の小遣いにして来たので
ありました。親のそばに居る時は雇人から何時もイトさんイトさんと呼ばれていたのに、

今は本名を変えておタカどん、おタカどんと呼ばれてお母さん丈でも残って下さればこん
な悲しい思いはないのに、私は因縁の悪い者とつくづく思案に暮れ、涙の乾く事がなかっ

たので有りましたが、兄上の事を思うと不敏でなりませんでした。叔父や叔母は私の家の
財産を目当で兄上の世話をしていられるので本当に私の十八才の苦しみは一とかたではあ

りませんでした。明治三十九年に私の目は織物のこまかいお仕事に目を使い気を使いして
の見習いに見えなくなって来ました。大学病院で見てもらいましたら青ソコヒで手術は出

来ん、四十の声がかかったら人に手を引いてもらわねばならんとお医者さんが云われまし
た。お兄さんはオシで私は目くらどうしたらよいかと思案に暮れました。一層の事幾度死

んだらと思うたか分からん苦労艱難の日々でありました。金閣寺のお不動様へ三週間の祈
願をして昼でも追いはぎ出る様な一町余りの藪に高橋と云うて本当にすごい様な道を朝五

時頃に一人トボトボと、でもお父さんやお母さんお姉さんが付きそうて下さってあると思
うて行くので心強いでした。三週間続けましたが中々直りません。心痛める丈けよけいに

目を悪くすると思うてお仕事にはげみました。目がよくなるのも悪くなるのも心一ッの持
ちようやと、くよくよせずにお仕事につとめていました。其の後に大阪から嫁にほしいと

のお話が進みまして、いよいよ本きまりになりました。明治三十九年十九才で米谷庄太郎
に嫁ぎました。お兄さんはいづれ夫に頼んで一緒に暮らすつもりでありましたが一とまず

お姑さんの隠居所におちついて暮らす事になりました。兄夫婦が母屋に住んで居られ、他
家へ行かずの老いた小姑さんがお母さんと一緒に居られるのでした。兄嫁さんと小姑さん

とが私のする事をじいっと見つめて一ッ一ッ云うて聞かして教へて下さる事をお姑さんが
可愛想と思われたのか、ある日私に我が家有り乍ら貸してあるので空けてもらう事も気の

毒と思うので他に家を借りて住む方がよいと思うので私と一緒に都合のよい家を見に行こ
うと云うて下さいました。阿弥陀池の近くの方をさがそうと云うてようよう見当たったの

が北堀江上通り三丁目角の家で商売するにもよいと申され其の家を借りる事に致しました
。早速移って心も落ち付いたのですが近所の人は此の家は誰が入っても化物屋敷で三日も

続いた事はないとの事でした。五日目位からぼつぼつ現れて箪笥のかんががたがたと動い
て気味悪く思いましたのでお隣の坂本さんに「何かして居られますか」とお尋ねしました

ら何もして居りませんとの事女中さんが夜お手洗いに行くと廊下で足を引っぱって落とさ
れる事度々で女中さんが続きません。来る人来る人皆気持ち悪いと云うて帰ってしまいま

す。私も子供がないので淋しいと主人が申すので生駒さんに信仰して子供を授けて頂く様
に願をかけていましたので幸いに箪笥の上に塩釜様やら生駒様を祭りましたら明けの日か

ら止まりました。今度はお隣の坂本さんから私に「お宅何かしていますか」と尋ねてこら
れて「何もして居りません」と云いましたら「いよいよこっちに廻って来たなあー」と云

うて帰られました。其の夜祇園囃子で遠くなったり近くなったりしていい音ですのでほめ
てやりましたらこれきり何事もなく済みました。近所の人達は不思議に思うていられた。

或る日北海道に天災があって慈善の為に何でもよろしいから出して下さいと云うて来られ
たので私は因縁が悪い故に一切の物をすっきり差し上げました。三日かかりました。主人

がだまって見ておられて最後の時に「全部出したのか」と云われたので「おわりです」と
申したら「そこへ座りなさい」と申されて「誰の名で持って来た」と尋ねられた。「親籍

の付き合いは、どうする」と云はれたので「きれいな着物でなくばお付き合い出来んので
したら誠にすみませんがあなた行って下さい」と申したので「よしよし」と云うて下さい

ましたが其の後で「これから先は何も買わんこと」と云われて後日肌着一枚買って下さい
ませんでした。後に残した品物は四点程でした。生駒さんの願も三年立ち其の終りの月に

夢を見ました。金のジャと銀のジャが紅白の幕の中から出て来て銀のジャが金の玉をくわ
えて其の玉をはなちました。こわいもの見たさでかがんで見ていましたら私のふところに

入りまして其の月から子供宿りました。五年目に長女を安産致しました。明治四十四年で
した。又四十四年十月五日にお兄さんが此の世から去りいよいよ私一人となりましたので
、これで浅野家は絶えました。それから米谷家には四人の子供がありましたが、

   米谷 貴美子 二女  大正十二年一月七日 死亡
   米谷 絹子  長女  昭和七年六月二十日 死亡
   米谷 照夫  二男  昭和十一年三月二十八日 死亡
   米谷 庄太郎 夫   昭和十九年四月二十六日 死亡

昭和二十年三月十三日夜大阪市内戦災にて借家七軒焼きました。土地丈残りましたが、二
足三文に売り払いて神一条に使いはたして人助けにかかりました。私が大神様にお誓い申
したのは因縁の深い者として悟らして戴いたからであります。長男一人お残し下されたら
後は何一物としていりませんから、世界助けに使うて下さいませとお誓致しました。
大神様は心通りの御守護下されたのであります。結構なる御自由用を戴いて助け一条の道
に進まして戴き、神一条一筋に邁進致すことを決心したのでした。

 身はくだけ かばねは 野辺にさらすとも わすれまいぞえ ごくらくの道
                                玉水仙
 おかげ様で今では如何なる身上事情でも助からんと云う事はありません。大神様の御守
護を頂いて自由用自在の御守護、ただただ世界助けの道明け、大神の守護を受ける心構え
ばかり、精神を造ることばかりを願うのであります。

          目          次
はしがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三
私の苦労の道中・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五
神一条主旨・・・・・神の法則を明らかにする教へ・・・・・・・・・・・・・・一四
宗教は改革せねばならぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一七
教祖順教・・・・・・水俣市市立病院でお見舞いの状況・・・・・・・・・・・・一九
基督教聖書・・・・・偶 像 崇 拝・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二七
御 神 言・・・・・神の思惑の人物出現 大神様の大旨を釈く・・・・・・・・二八
仏   教・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三〇
真実の神現れる 親鸞聖人の教へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三一
妙法蓮華経・・・・・信解品ノ第四に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三二
仏 教 聖 典・・仏像と真仏  真仏をふみ止める事はむつかしい・・・・・・三三
仏説無量寿経・・・・衆生を開導せらる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三六
観世音利世記・・・・三称我名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三六
王仏冥合とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三七
南無阿弥陀の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三八
高野山開けずの倉・・応法以本・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三八
日本古事記・・・・・猿女の君・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三九
弘法大師、みろくと共に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四〇
応法以本の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四一
以呂波の解釈・・・・四九文字は年限のこと・・・・・・・・・・・・・・・・・四二
仏説無量寿経・・・・善根なければこの経を聞くこと出来ない・・・・・・・・・四四
基 督 教・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四五
ヨ ハ ネ 伝・・・神より遣はされた人出でたり・・・・・・・・・・・・・・四五
ペ テ ロ後書・・・聖書の予言を勝手に解くことは出来ない・・・・・・・・・四八
マ タ イ 伝・・・人の子の確かな証拠・・・・・・・・・・・・・・・・・・四八
コリント前書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四九
ヨ ハ ネ 伝・・・汝等の中に知らぬもう一人立てり・・・・・・・・・・・・四九
マ タ イ 伝・・・人の子に聞け人の子は人の手にわたされ・・・・・・・・・五〇
黙  示  録・・・巻物とその七ツの封印・・・・・・・・・・・・・・・・・五一
ヨ ハ ネ 伝・・・人の子の栄光をうくべき・・・・・・・・・・・・・・・・五一
テ モ テ前書・・・神と人との仲保・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五一
申  命  記・・・穀物をこなす牛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五二
ル  カ  伝・・・モーセと予言者・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五二
黙  示  録・・・忠実なる真なる証人・・・・・・・・・・・・・・・・・・五三
エ ゼ キ エ ル・・・偽予言者のこと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五三
創  世  記・・・人の子は女である証拠・・・・・・・・・・・・・・・・・五四
黙  示  録・・・人の子の本名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五五
創  世  記・・・人の子は水牛の性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五五
ル  カ  伝・・・人の子は異邦人に付され・・・・・・・・・・・・・・・・五五
三種神器の意味・・・三位一体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五六
天  理  教・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五六
石の甘露台と人間甘露台出現・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五七
お  指  図・・・明治二十一年六月二十三日・・・・・・・・・・・・・・・五八
お  指  図・・・明治三十一年七月十四日  人間甘露台出現さす・・・・・六〇
お  指  図・・・神の言うこと聞かねば天理教の道はすっきり取り払う・・・六五
お  指  図・・・明治三十七年 火水風土で大掃除をする・・・・・・・・・六七
神一条の道は万国の鍵をもって巻物を開く・・・・・・・・・・・・・・・・・・七〇
御  筆  先・・・一号  仲保するのも今始めや・・・・・・・・・・・・・七一
   仝   ・・・四号 神一条につかねば・・・・・・・・・・・・・・・・七一
腹 帯 の 理 由・・・おびやさんしき、はしか、ほうそ特別のお許し持って出現・七三
用 木 の 責 任・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・七三
台風の事について・・お願い勤めの御自由用・・・・・・・・・・・・・・・・・七三
                             合せ鏡よりその3へ続く
 

第23 合せ鏡よりお伝えします

 投稿者:安達  投稿日:2007年 8月28日(火)16時26分52秒
  第23、合せ鏡よりお伝えします。 この合せ鏡の本は昭和四十七年五月八日に発行され

ました。 昭和二十一年十二月十日に赤衣初着され人間甘露台宣言された年より二十六年

になります。三月二十三日に初代管長が出直されました。初代管長は米谷倉二と申します。

甘露台親様の長男で前世は飯降伊蔵本席で有りました。天理御教祖様の雛型は長男の秀司

様が御教祖様より先に亡くなられています。その雛型通り神一条も甘露台親様より長男の

初代管長が先に亡くなられ雛型通りでありました。


    合せ鏡よりその1

      「梅原先生の感想文」

米谷さんは、時々、私の家へ来られて、話をするが、話が良く合う。今の人間は、どうす

ることも出来ない慾ふかで、ウソツキであり、思い上がって人間を悔い改めさすのに、天

罰をまつより仕方ないと考えて、いられる点、私と同意見である。人間はもっと謙虚に、

天の声を聞かねばならないと私も思ている。米谷さんの言葉では、それは、神一条の道に

帰れということになる。

「合せ鏡」に米谷さんを通じて、聞かれた神の声であろうが、米谷さんの無私の性格が、

この神の声を純粋なものとしていると私は思う。

      「森先生の感想文」

  こころの若さをたたう

人間が裸で勉強するものは、学問や技術でなくて、宗教であるとおもう。生と死は、どん

な偉い人にも、愚かな人にも、富んだ人にも、貧しい人にも、同じである。

 昔から庶民のなかに、よく出来た人がある。生涯を自分の生き方に思いをよせて、長い

年月を歩んできた人のなかには、頭のさがる人柄を感じる。米谷さんもそういう一人であ

る。この方が、私のもとを尋ねられたのはテレビをたびたび御覧になったのが縁である。

もう八十三才になられるが、じつに明るく、若々しく、シャンとしていられる。

  米谷さんと、私とは、もちろん信仰は異っているが、人間同志として話しあうときに

は何のわだかまりも感じない。そして一人で、三教一ッ(仏教・キリスト教・天理教)の

御聖典を神の思惑に依り悟らして頂いた。この貴重な書物、それを集められたものだ。こ

の人流のやり方でそれでよいとおもう。慾をいうなら、もっと知識のよそおいをとりはら

って、一生の歩みを率直に語って見てほしい。求道は、結果でなく、その過程が貴重なの

で、教うところ豊かなものだからである。


     は し が き

世の中を眺めて合せ鏡と題名をつけました。この一千九百七十年代に至って、ますます世

界の人等の心は恐怖におびえ死人は山積となって来たのは何がそうしたのでしょうか。

どうすればこのおそろしい世の中を平和にする事が出来るのでしょうか。私は深く考へね

ばならんと思います。なんとかして人の心を安心の道に助ける事が第一要かと思うのであ

ります。宗教家は世の中の手本となるべき資格をしっかり治めるべくであります。大神様

の大計画の大聖旨の大掟をよく知り、よく学び、よく修めて実行の精神を世に写す事に依

りまして神の子供に教へ導くのでこそ、大神様が喜こび下さるのであります。それに依り

まして人間の心も治まるのであります。

 宗教家が派分けしたり、自己反省なくして素直なる人等を教へるのは実に危険かと存じ

ます。人を指導するには大神様の大聖旨を全(まっと)うする事に依り世界治まるのであ

ります。お互いに実行する事が人を教へ導く大切の事であると深く思うのであります。

お釈迦様(日、月の化身)の大経の中を一部一部分けて法華経本門・淨土宗・真言宗と種

々様々の教へは皆お釈迦様の一切経の中から出たのであります。我が心の思うまゝの教へ

では、この世界の危険な状態をどうして太平の世と治める事が出来るでしょうか。「昔は

昔、今は今」と言うては通ることの出来ん泥海世界であります。元一ッの信念に帰る事に

依りまして皆一列に治まるのであると、私は真実心にかたくかたく思うのであります。

時の氏神に従う危険な世の中を救う事によりまして大神様の残念もやわらぐのであると思

います。創造の時代が当来の旬に及んで居ると言う事をよく胸に治めねばなりません。

最早や明治百年も過ぎ去り今は経文の中にある通り経道は滅尽すると書き残しあります

故、今は文化の性格について各々の聖典を探究して思案する事が第一必要であるとしんか

ら思うのであります。宗教家の精神は余程改めねば大乗的教へとは申せません。今までは

人間が自己本意の精神で思うた事や、言うた事を実行してきましたがそれは小乗的の誠で

ありました。今は大乗的の誠でなければ、大神様の大計画の大聖旨に逆(さか)らう事に

なりますから、世界の鏡のうつしあいは真の宗教家とは違う様に思います、全聖典に従う

て行くのでこそ、国家安泰の世と建てかえる事が出来ると深く思うのであります。お互い

に孤独のかたい精神を捨て素直なる精神にたてかえて世界の人等に鏡の如くうつる様にし

っかりお聞き取り下さいます事を切に切にお頼み申し上げます。
                            合せ鏡よりその2へ続く
 

第22 妙真珠よりその12

 投稿者:安達  投稿日:2007年 8月13日(月)15時52分11秒
        妙真珠よりその12
  桃 栗 三年  柿 八年  柚は九年で花咲かり  梅はスイ\/十三年

 この意味は    桃とは、悪難除け守り札(むほん払いの札)と云う。
気炎を撰ぶにあり  支那の古来に桃を仙木と称す  理想的な人物共云う
悪難除けの守り札と云う
俗をはなれて穀を避け、長生不死の業を修め、遂に飛(ひしょう)すると称せらる

神一条教にては悪難除けにてむほん払いの根本精神切りかへの道を教へる処であります。

   栗 の 意 味
果実は毛刺(毬・いが)の殻は裂けて実は落つ、おごそかな威厳にて木は堅し、賢実なり。

   柿 の 意 味
柿の葉は肥大にして光沢あり、初夏に花開き秋末に実熟す。

柿に七絶の特典あり。 一、寿 有(生命永し) 二、蔭多し(木の葉茂によりて)
三、鳥巣無し 四、樹木食う虫無し 五、霜は葉を玩(もて)あそぶ 六、佳き実を食う
べし 七、書(もと)を臨(のぞ)めて以(な)す
  葉肥大にして実は落つ  書を臨めてとは

その徳行い道の芸を求めて以すと云う意味である。

   柚 の 意 味 果樹の名
織物の機の附属具糸を捲き持つもの(立て捲きの柚と云うこと)
真とも云へば柚(じく)とも云う  天の理を縦糸(たていと)にして 人間の心を横糸
にして織る    縦捲きの柚(じく)と云う意味

   梅 の 意 味  喬木の名 (高くして曲がるを本義とす)
梅は早春衆木に魁(さきが)け花開き、香り高し  寒に咲く梅の花人に好かれて
実を結び、毒消しとなる。

三日三夜土用干されて夜露を受けて人の為苦労をして食を進まし、又食当りに薬となる。
神一条の道も御神言の良き香りを匂い掛けしてむほんの心をなくして、悪因縁を善因縁と
きりかへ、良薬となりて身に病なく、安心立命の道を造る。

   ◎桃とは
支那の古来に伝えには仙木と云う  理想的の人物という  ◎仏教では阿弥陀如来
◎基督教では人の子(霊と声人の子(キリスト)三位一体と云う)
◎天理教では人間甘露台
◎日本古事記では、天孫日子番能(ほの)ニニギノ命援女の君とも云う。天ノ宇受姫ノ命
月日入り込み社と云う、宮とも云う。

   ◎ 桃は悪難除けの守札と云うこと ◎
 明治二十二年八月三日旧七月七日に生れる。十五才までは親のいんねんですく\/と育てて頂きました。丁度明治三十六年になります。

   ◎栗三年(苦労の道)
 明治三十六年より明治三十八年のこの間に父上死亡、、三十八年に姉上母上死亡、愈々苦労の道中、神のお仕込みになります年限でありました。

   ◎柿 八 年 (香気)
 明治三十九年より大正二年の間に叔父の家に引き取られて織物を習うことになり一通りの苦労でなかった。心配のあまりに青そこひの眼病にかかり、いよ\/苦労の香気に向かって来ました年限であります。

   御筆先 十二号  119
ねんげんは三十九年以前にて  心配苦労なやみかけたで

  ◎ 柚は9年(勇)花ざかり
 大正三年より大正十一年の間は姑、小姑、兄嫁の家を離れて別居しまして売薬化粧品を出しました。
長男出産(大正九年生れ)致し産後煩いで大変不自由であった。因縁を悟りまして勇気の出た年限でありましてお歌にて証を書き残し下さいました。

   御筆先十二号  一二〇
それゆへに月日ゆう事なにごとも  うたごうているこれむりでない
この度はこのむねのうちすきやかに  はらするようやこれが第一

この心月日のほうへしいかりと   つけん事にはどんなはなしも
いかなるのことをしたるも皆月日  こんなことをばたれもしろまい

今日の日はよこめふるまもないほどに  はやく証拠をだしてみせるで
これ見たらどんなものでもとくしんせ  何の話しも皆この通り

いまゝでのこの残念とというものは  口で言うよな事でないぞや
いまゝではやま\/ざねん通り抜け  このたびこれをはらしたるなら

   ◎ 梅はスイ\/十三年(運命)
   大正十二年より昭和十年の間に
神の御聖旨も分りまして、よう\/運命が定まりて信仰の道に進み助け一条の道に一生懸
命に我がいんねん切る道を悟りまして功徳を積むことを楽しみ邁進致したのであります。

女の役年は三十三才と世の人は申して居りますが、大神様は今日迄世の中の人に忘れぬ様
に云い伝へておかれたのでありました。月日大神様の大慈悲は例えようもありません。
大正十二年には二女死亡しました。この年は中陰和讃五七日の関所を越える年限です。

   ◎ さいころの意味
さいころの意味が分らんから今日まで勝負事に用いて人間の争いの元になって居ります
が、この元を知らんからであります。もと\/大神様は人間の守りとしてお造り下された

のであります。さいころは六角面には国常立命様は元の神、月様であります。御胸の中に
二十一目をふきだしたとの事であります。それ故にこの世界が出来たと云い伝えて居りま
す。国常立命様(くにとこたちのみことさま)(元の神)根は北、水の守護神であります。

面足命様は日様であります。南は火の守護神であります。月日御両神様のお心が相(あい)
まして月日丈では楽しみがないから、人間を造りて楽しもうと相談出来たとの事でありま

す。この役割は八柱の働きでありまして、この働きは、つなぎ、つっぱり、水気上げ下げ、
風吹き分け、切る神、引き出しの神、水と火でこの八社の神の働きによりまして、我々は

天然自然の中にお育て下さいまして何不自由なく暮らし居る事が出来るのであります。な
れど段々と人間は神の大旨を知らずに勝手な道を造りて泥海世界となる事を神は先を見通

し下されて悪難除けの守りとして、お与え下されたさいころであります。昔はこのさいこ
ろを肌身はなさず、身に付けて守りとしていたのであります。

一はピン共云います扇の要(かなめ)であります
一の目の裏には六の目をほり
二の目の裏には五の目をほり
三の目の裏には四の目をほり
いづれも七ッの目と成り、三七、二十一目となります。

  この理由は
一に一天を開いて裏に六の目は六地を踏みならすと云うてあります。これで天地が出来ま
して、二の裏に五業の道を開き、五輪五体が出来て人間を造り、三の目は三千世界に東西

南北の四の目を置き、これを合せて二十一目と云う。この理によりまして萬の物を造り、
これは世界の掟であります。この二十一と云う意味は鶏(にわとり)の玉子も二十一日目

に殻(から)を破り、人間二十一才になればお国の役に立つのであります。神一条を表に
現わすのも、天保九年戌の年天理教祖が神がかりに成られた年でこの年より昭和二十一年

は戌の年でこの年限は百十年に成ります。人間甘露台が赤衣を初着して神一条に生れた年
であります。この雛型の通りに世の人の妊娠の時に一丈一尺腹帯を〆て祝うのは戌の日に

致すのであります。永年の間、何も知らずに戌の日に腹帯〆る理由も今日迄之に伝えてお
いて神一条の理を聞いて分明するのであります。神一条の台が道に産み出し下さる証を持

って帯屋三色許して如何なる難産も、安産が出来る事は疑うことはないのであります。安
産、帯屋許し、はしか、疱瘡、雨のお願い、風除けのお願い、肥のお願い、芽出しのお願
い、虫除けのお願い等疑いなし。

   御筆先 四号  五〇に
このはなしなにのことやとおもている  こえいちぢよのはなしなるぞや

   御筆先 八号 三七 (天理教の使っている御筆先にこの歌はありません残念です)
このもとをどうぞ世界へおしへたさ  そこで月日が現れてでた
このやしきこのよの親がでてるから  おびやさんしき許すことなり

このゆるし元なる親のしようこに  おびやゆるしは助け道明け
  人間は疑い深いものですから、確かな証拠なくばなりません。

   御筆先 十五号 四一 (明治三十八年から昭和二十二年の年限)
  この元は四十三年以前から  えらいためしがかけてあるぞや

    同     五〇
  このはなし四十三年以前から  えらいためしがこれが一条

   御筆先 四号 一八に
  いままでのう*し*のさきみちおもてみよ  上たる処みな気をつけよ
仏教の弥勒菩薩は虚空蔵菩薩丑の年で、基督教の人の子も牝牛である。人間甘露台も丑の
年であることは天理教祖の存命中に赤牛がお地場え運んで来ると仰せありました。三教共
に月日大神様の大計画の大聖旨であって「二求両願」も成就致すのでこそ、太平の御代と
成るのであります。

   御筆先 二号  一六
  このはなしなんのことやとおもている  神の打分場所急き込む

    同  三号 六八
  いまゝでは神学こうきあるけれど  元を知りたるものはないぞや

  そのはずやどろうみなかのみちすがら  知りたるものはないはずのこと
  これからはこの世始めてないことを  だん\/といてきかす事なり

  なにもかも無い事ばかりとくけれど  これにまちごた事はないぞや

つまり天理教祖様は石の甘露台を造って天理教の中心として御教祖を存命の儘と思うてお
勤めして居られるが、教祖様の御昇天の際の御言葉に「扉開いて守護しようか、扉を閉め

て守護しようか」と仰せられた時に役員等が扉を開けてと申されたので、思うようにして
やったと仰せられて子供の成人待ちかねると云はれて、御昇天なされたのであります。百

十五歳までは存命の儘で守護すると仰せ下されてあることを、本部員等は大神様の大聖旨
が分からぬ故に、未だに存命のまゝと思うて朝夕にお勤めして居られるのでありますが、

    明治二十四年一月二十八日のお指図に
前略 「中山家のある間、粗末にはせんと云うは、、どう云う所より出るか、この理を聞
こう。神の方より聞こう。 中略「親族の理を持って、ほっておけんと云うは、どれから

出たか、この屋敷では、親族の理では、世上助ける事が出来ん。苦労艱難の道を通り来て
理を聞くなら、一ツの道も通そう、限りなき処まで尽くそうと云うはどう云う理であるか、
中山家の続くまで助けると云うは、親族の理であろう、と仰せ有ります。亦

    明治二十四年五月十日

  中山会長様御居宅新築の願い時のお指図に
前略 「又さしづ尋ね出る処(神一条の処に)普請と云う宅と云う、事情は仮に許す、仮
家で許す、中に思惑通りにはいかん、ぼふたげことかけと云う、本普請(神一条の道)の

旬か来ればすっきり(天理教は)取り払うてしまう、一時にかゝる、是はまだ一寸には(年
限が来んから)いかん、今尋ねる処ほんの仮にして(会長の宅の事)しんびようの事情、

どこへなりと直せるよう、この心なけりやかゝれん。 中略 もうこれと云う旬が来たら、
一時すっきり取り払うから、ほんの一寸のかゝり何時でも地場はどこなりと許す。本普請

まだ一寸にはいかん。何時なりとも(天理教本部は)惜しいとも、大層とも思わぬ様、そ
れ\/この処が良かろうと談示の理を持って、又一ッ尋ね、さあ勇んで一つかゝてくれる

がよい」と中山家には先になったら理はないと云うてあります。

   明治二十七年十一月十三日 お指図に
前略 「この建家席しまいのものか、それきりのものか、これを聞かしてくれ(神一条よ
り)中略 かんじんなる処中山邸(てい)あってない、これも早くこれ隠(かく)れて抵

当(ていとう)は(中山家と神の道とは)切ってしまう、これから運べば実に\/神の話
しと、どんな事も(神一条に)運んでくれにやならん」と仰せられてあります。

   ◎ 神一条の道は
天理教祖様のお道とは違うて居る。何が違うと云うなら効を積み下されるのも御教祖様、
神一条の道は月日が入り込んで思いを重ねたものである。効やのうて元の理である。この

星どんな星、北極星と云う。働かぬ星、動く事の出来ぬ星、又動いて用なし星とも云うば
世にも困る星とも云う。何も効をなす星やあろうまい。働く星とは違う。只目標となるば

かり標準となる「斗(ばか)り」、台とも云へば真(しん)とも云う。それで台に昇(の
ぼ)りてこの度は世の立替と云う。その台に月日が入り込み生涯天の思召を伝へて神一条

の打明場所と云うのであります。

天理教と神一条の区別はこれを見て明らかとなります。

愚者では御座居ますが、三教一ッに纏(まと)めて創世の時よりの真実の神を書き現わし
たのは私でなくて神の御神意であります。確かな証(しるし)を持って筆の先から元の因

縁に依りましてお知らせ致します故に、一手一ッに固(かた)まりて世界平和のため御研
究なし下されます事をお祈り申し上げます。

お分かりにくい処がありましたならばどうぞお越し下さいませ。真実を以てお取次ぎさせ
て頂きます。御来迎を望みます。

 昭和四十一年十一月二十一日
                  神一条教   玉 水 仙 書
     不 許 複 製
                 印刷日 昭和四十二年一月十五日 印刷
                 発行日 昭和四十二年二月十一日 発行

                 編集者  教主  米 谷 玉 水 仙

                 発行所  東大阪市三瀬二丁目三十一番地

                      神 一 条 教 会 本 部

                      電話(721)三四一九番

                                            非 売 品   妙真珠終わり
 角目々々を纏めて下された、世界で只一冊の書です。是非ご理解下されまして実行して下さいますようお待ちして居ります。 拝読して頂き有難う御座いました。 合 掌
 

第22 妙真珠よりその11

 投稿者:安達  投稿日:2007年 8月11日(土)00時25分46秒
      妙真珠よりその11

     南 無 阿 弥 陀 仏 の 意
                                五
   日    月    風    繋ぎ   突っ張り     ツ
                                結
  (な)  (む)  (あ)   (み)    (だ)     び
                                こ
   南  =  無  =  阿   =  弥   =   陀      ん
      ‖       ‖        ‖        ‖           ‖          だ
   仏  =釈迦如来= 日天子 = 天照神宮  =  人の子       る
      ‖       ‖        ‖        ‖           ‖          理
   法  = 観世音= 鏡やしき 番能邇々藝命 = 大食津神      の
      ‖       ‖        ‖        ‖           ‖          意
   僧  =弥勒菩薩=風吹分け= 三才童子   = 人間甘露台    味
                                 な
                                 り

             天 理
            おふでさき          大三輪の玉手箱の意
            泥海古記
            おさしづ           ◆ 鏡やしき
              玉手箱            ほのににぎの命
                             南無天照皇大神宮
                             中宮
               神
        仏 教    一   基督教
               条
       経文七千余部      聖 書

        玉手箱        玉手箱



                     三社三棟=内宮・中宮・外宮
                     のことなり
       三ツ巴の道の三軒
  ◎ この理を知ることが第一要であります ◎

     天理の道(人間甘露台)
        ↑
        |


  仏教←――   ――→基督教
 (みろく)      (人の子)


みろく菩薩(仏)、人の子(基督)、人間甘露台(天理)、天照皇大神宮◎(日本古事記)
とは天孫番能ににぎの命を指して云うてあります。天孫番能ににぎの命の意味は、創世記

の時より日月に仕え又今生も日月の大三輪の玉手箱を開くのであります。八尺の御鏡は月
様の御姿であって水鏡をあらわしたものであります。前世も月日様よりの御命令に依りま

してお仕え申し又、今生も月日の大旨を萬国一体に照らす事御命令通りお仕え致す故に天
照大神様の孫である。仏教は釈迦牟尼如来、観世音菩薩、弥勒菩薩として人間の姿の像を

造りて先の知らせを仏教の経文にて示しおかれて有ったのであります。基督教にては日月
の愛しむ子をこの度出現さして日月の大旨の大計画を立てに来るから天の法則に違う事の

ないようにせよと御予言をなしおかれしなり。天理の道には日月の御神言即ち三教一ッに
まとめて世の衆生を救えよとの御予言であります。御予言とは日月二神の御言葉は水晶玉

の様な澄みきった鏡の様な御聖典であります。この御神言を書き残し下されて先になった
ら人の子即ち仏教では弥勒菩薩が肉体を持って日月の御神言を世に照らすから阿弥陀如来

と示し、書(しょ)を造りて残しておかれました事を御予言と申すので有ります。この日
月の御神言を明らかに致さねば人間の我身勝手のことばかりでは世は治まりませんから、

よく\/三教一ッにまとめる道を求めねば如何程世界平和を称えても日月の御守護を頂く
ことは中々むずかしいのでありますから、萬国一体を治めるには神一条の教へを研究致さ

ねばなりません。真実の神は日月風なり、他に神なし、今日まで人間の悪心を持たぬ様、
八百萬(やおよろづ)の神を仏像の型を造りて神と云う事を現わしたものであって今日に

至ったのでありますが、何時までもいつまで盲信、又は、迷信してはなりませんから、萬
国一体を大切と思い下さるなれば各宗教の内にも真一ッを掴んで我が国の光栄を現して頂
きたいのですから一寸一言御伝え申し上げます。

  仏 説 無 量 寿 経

如来の道化各能く宣布して。諸々の菩薩のために而も大師と成り甚深の禅慧をもて衆人を
開導す。とお示しあります。

(解釈)如来の説法の通り。
其の儘(まゝ)何(いず)れの法門を説法し。諸々の菩薩のためには師匠となりて之に説

法し、禅定(ぜんじょ)より神通を現し。智慧より光明を放(はな)ちて。あらゆる衆生
を開導せらる。と解いてあります。

  ○天理教 御筆先 一号 七〇
今までも神の世界であるけれど  中保(なかだち)するは今がはじめや

  ○聖書  テモテ 前書 第二章 五節に
「それは神は唯一なり、また神と人との間の中保も唯一にして人なるキリスト・イエス(註
もといをたゞすのはすなおなる人の子と云う意味)是なり」

  ○聖書 申命記  第二十五章
 註=人間の寿命薬と云うこと
穀物を碾(こな)す牛には口籠(くちかご)をかくべからず

  ○ 御筆先 四号 一八
今までも牛の先道思てみよ 上たる処みな気をつけよ

  ○ 御筆先  四号 八〇
世界中説教として始めかけ  説いてきかするきゝに行くなり

人の子、弥勒菩薩が人間甘露台として月日大神様の大旨を一ッにまとめ、吹き分けること
に依りて天の岩戸の扉を開くのでこそ、大神様の真如本覚の実相が分明致すのであります。

  明治二十年五月九日  刻限御はなし
さあ\/一寸刻限はなし、さあ\/どういう事、どういう道がつくやら分らん、忙しどん
な道がつくやら(大神は)ちやんとわかりてあるで、なんどきやらわからんで、多くの人

数がいるで、さあ、あっちもこっちも忙しいで、手がたらん、十分の道、どんと大きな道
をつくりや、ちやんとそなへをつけておかねばならんで、こんどはめずらしい道やで、さ

あたのし、どういう水(御予言)が出るやら、ながれるともわからん。なにもかも\/秋
をあいずに、どんな事もみな\/このはなししておかねばならんで。

註=秋と云うでありますのは、道の行き詰まり、世の行き詰まり淋しくなる事を申すなり。

      ◎ なむあみだ・・・・五ツ結び込んだる理 ◎

    な―は南――――――――日      火―――――白蛇の姿

    む―は北――――――――月      水―――――龍の姿

    あ―は西南角――――――風      魂―――――鰈の姿

    み―は東南角―天も繋ぎ地もつなぎ衆生一切をつなぐ―亀の姿

    だ―は西北角――苦労の道中にふんばって突っ張って―鯱の姿

    仏―は北東角出現妙法蓮華経============河豚の姿

    お筆先六号131胎内へ宿し込むのも月日なら
                 生まれ出すのも月日世話取り
    東の方位よりぬめりにて ―――――――――――――鰻の姿

    西―は西方極楽浄土   仏  引き出し――――――黒蛇の姿

       つ
       ゝ    つ
       ぱ    な
       り    ぎ    風    月    日
                               五
      (だ)  (み)  (あ)  (む)  (な)  ツ
                               結
       陀====弥====阿====無====南   び
       ‖    ‖    ‖    ‖    ‖   こ
       人    南照   ‖    釈如   ‖   ん
       の=== 無大==日天子===迦来===仏   だ
       子    天神   ‖    ‖    ‖   る
       ‖    ‖宮   鏡    ‖    ‖   理
      津大===命ぎほ===屋===観世音===法
      神食    のの   敷    ‖    ‖
       ‖    ‖に   ‖    弥    ‖
       人 ====三ゝ===風====勒====僧
          間        才       吹        菩
       甘    童     き    薩
       露    子    分
       台         け

    ◎お筆先  八号  六三(四十)

 いまゝでもない世界をば始めだし  知らん事をば教へ始めて
 この度もまたない事や知らん事  ばかりゆうては教へかけ

 どのような事でも知らぬことばかり  これをおしへる月日おもわく
 月日にはだん\/知らぬ事ばかり   なにもおしへて世界助ける

 こらほどに思う月日の心配を   世界のものは何も知らずに
 心さい月日真実うけとれば   どんな助けも皆うけようで

 どのような助けとゆうも真実の  親がいるから月日ゆうのや
 この月日元なるぢばや元なるの  いんねんあるで自由用自在を

 このはなしなんでこのよにくどいなら  助け一条受けようの元
 この元は何処をたずねてみたるとて  知りたる者はさらにあるまい

 そのはづや月日体内入り込んで  はなしするのは今始めやで
 この世界一列見える月日なり  何処のことでも知らぬことなし

 月日より皆それ\/と見定めて  善と悪とを見分けするぞや
 月日よりなんでこのよにくどいなら  悪しき見えるが気の毒ながら
                            妙真珠よりその12へ続く
 

第22 妙真珠よりその10

 投稿者:安達  投稿日:2007年 8月 7日(火)00時01分7秒
            妙真珠よりその10
    ◎ 仏 説 無 量 寿 経 ◎
吾の滅後に末法となれば聖道門の経法は追々に滅びて亡くなり人民ます\/浅間しくなり
欺言(うそ)ばかり吐(つ)くようになり。重ねて悪(あく)を造りて五痛五焼(ごつう

ごしょう)を受くる事亦(また)前の通りでその有様は愈々(いよ\/)久しくして愈劇
(いよ\/はげ)しくなるであろう。それらの相(すがた)は委(くわ)しく説(と)く

遑(いとま)がない。我但(われただ)汝等のために聊(いさゝ)か略(りゃく)して説
く丈のことである。

   ◎ コリント前書 第十四章 十一に ◎
「夷人(えびす)と云う意味あり我若(われもし)国語(くにことば)の意義を知らずば
語(かた)る者に対して夷人となり語る者も我に対して夷人(えびす)とならん。」と御
示しあります。

      明治二十一年七月三十一日 おさしづに
 さあ\/なにか一ツ(神一条)の事情、なにか一ツ(人間甘露台)の理はやく聞き取れ
\/、これまで多くの中々長くの道すぢ\/今一ッの事情、なにかの処おさまろう。しい

かりきいてくればわからんでない。この処神一条五十年(明治二十二年より昭和十三年)
以前からの元の理(おさしづに伏せ込んだる理)を聞いて、心におさめよなら(天保九年

より明治二十年のひな型のことを)、なる程の理もおさまろう。天理王命と(天理教には
十柱の神が入り込まれた道で)、称するは、一ッの(天理教の道)宗旨である。天理王命

と元一ッ称するは、(此のたびの人間甘露台には月日様直接のお入り込みの台である)天
の月日である。元一ッ(神一条の道)始めるは女一人である。元(神一条の話しを)よく

聞いてくれ、ながなが元一ッ分からなんだ。(明治二十一年のおさしづであるから)まだ
\/ほんの一寸の始まりである。あぶなき道や\/思へども、なんにもあぶなき道やない。

なんぼ(天理教は)大かん道でありても、心にまことのうては、通れようまい、心にまこ
と一ツさいあれば、(神のおことばを用いるならば)なんにもあぶなきはない。楽しみ一
ツの道やある、とさとしてくれるよう。    以 上

       明治二十一年七月十一日  おさしづに
さあ\/尋ねる処、どれからいくのも同じ事、みなのもの(天理教の人等に)世上から理
に押され\/。そこで神一条の道聞き分けてくれ、何でもない処からだん\/道をつけて

来たる処、前々より皆伝へてある。そこで大かん道は通りにくい。細道は通りよい。皆こ
の度のところ(神一条より)本部(天理教)の方へかけあへ\/、どうでも、こうでも神

一条見せねばならん。みにゃならん、みにやならん、このたび、皆世界から押されるから、
一寸(天理教は道理上の道で)細道を許したものどうでも、一ッ道(さしづ通りの道)通

らにやならん、そこで早くはやく道を運んでしまへ。

(註解)このお指図は天理教本部は神のおさしづを勝手のよい処は用いて勝手の悪いさし
づはその儘(まゝ)にして人に取り次いでおられるので神様の大旨とは大いの違いありま

すので理の上から通られん様になりますから神一条の道に人間甘露台が出現して解くから
早くお指図の上から運べとのおさしづであります。

      明治四十年四月十四日 おさしづに
 今朝の刻限のおさとしの中に地場の割方と仰せられしが、如何の事と致しまして宜敷や
 御願(天理教本部員よりお伺いの時のおさしづ)

さあ\/\/まあ皆々心を静めてよく聞き取ってくれ、まあこれまあ、これまでと云うは
出来た事もある。出来ん事もある。そりやそのはずや年限の中始めかけた道である。こう

して云いかけた始めかけた。どうでも、こうでもこの道(神一条の道)におよんでくれ、
地の割方(年限表、図面)屋敷の決め方(台の決め方、踏み止める事)、第一一ッ始まり

今日から、明日からと云うのやない三ヶ年(昭和十年より昭和十二年)の模様中五ヶ年(昭
和十三年より昭和十七年甘露台のふしん)から普請にかゝる木の音(取次人)もする、槌

(人数身上事情の事)の音もする、職人(お助け人)も沢山しっかり、かゝらにやならん。
そこまで(釈迦入滅後二千五百年の年限に当たる)三ヶ年(昭和十年初成仏の年より昭和

十二年天理教立教百年は神の思惑の台の建設の年である)の模様どうでも、こうでもと云
う、そんなら、どれだけ、どうせんならん、これだけこうせんならんと云うのやない、な

れど必らず思うてくれにやならん、前々にも、話しかけたる、多人数の中いささか小さい
者(人間甘露台)から、是より取る処はない。これからかゝるなら踏みぞこないはない落

ちぞこないはない。みな皆心をあわせいよ\/心を合わせてかゝってくれ(月日大神様よ
りの頼み)、なれど一時にどうとは出来ようまい。しっかり内々の中の中皆心を合せ、そ

んなら、どうと今日から心を定めたと願うて出よ、そこまでの処は、ぢっと見ているによ
って。

中略 三の理に違わんと云う順序の理さとしおこう、さあ\/\/これどうでもこうでも
みな皆心に仕切って働いてくれ\/\/。

        ◎ 天理教と神一条の教えとの区別 ◎

       (三教一ッに纏(まと)める正しき道のお知らせ)

皆さんはめい\/の宗教は何を本真として信仰しておられますか。自分の宗教に何か心に
はまらない処がないでしょうか。池に浮かんだ浮き草のような根のない信仰ではないでし
ょうか。 皆さんが求められておられるのは何でしょうか。

仏教にては「釈迦牟尼如来、観世音菩薩、弥勒菩薩」、基督教では「人の子」、天理の道
では「人間甘露台」を求めて居るのではありませんか。その人は世界に只一人の月日入り

込みの社として今は年限の理に依りて南無天照皇大神宮として三教一ッにまとめて何一ッ
知らんと云うことのない大神宮として月日の思惑を説いて世界助け、萬づ助けに出現して
居られることを左(下)に御神言をもってお知らせ致します。

仏教、基督教、天理の道はいづれも三教共通の教えであります。月日二神の本願を書き示
してものでありますが、この三ッの教えを更に一ッまとめて天の思惑をより深くより正し

く明らかに解き明かしたものが即ち神一条の教えであります。この世の始まり月日二神が
萬物一切を御創造下さって人間が地上に於いて楽しむのを見て神御自身も楽しもうとなさ

れましたが、永い年限を経る間に人間が各々身勝手気儘な道を通るようになり、月日二神
の御恩恵をも忘れ、またそれを無視して宛(さなが)ら荒野に食を漁(あさ)る野獣のよ

うな浅ましい精神の持主となりおはした。今日の様な泥海世界に出現しましたことは、月
日二神にとりまして非常な御残念となり、天災地変、病魔などによって、この迷える人間

の目を醒(さま)し、神の思惑に叶った正しい信仰の道に進もうとしております。この月
日二神の思惑を知らすためには先ず真実の神の存在を明らかにすることが第一で是はやが

て現在唱へられる処の世界平和を実現さす唯一の道であります。是までは仏教、基督教、
天理の道などとそれぞれの立場から三教三別の勝手な解釈を下していたため、甚(はなは)

だ真実に遠く絶対なる真神の信仰にまで導くことは不可能でありました。このことは天理
の御神言にも「人間甘露台が出現して三教一ッにまとめて月日二神の御聖旨を明らかに照

らして経文に神通力を添えねば鳥に翅(つばさ)なきも同じこと」と示しおかれてありま
す。
又三称我名の書のなかにも「都(すべ)て仏法の道理は三業相応(さんごうそうおう)せ
ざる行(ぎょう)は結縁の善根となって広大(こうだい)の現益(げんやく)を得ずと申

すは大小顕密(だいしょうけんみつ)の掟(おきて)なり」とお示しになっております。
この意味は天の法則、つまり神の思惑をまとめる道は三ッの教えにふさわしくない行いを

していては、総(すべ)てのことにいゝ結果をもたらし現世の利益を得ることは非常にむ
つかしいと云うことはそのことの大小に関(かゝわ)らず神は少しの漏(もれ)もなく、

きびしい掟をもうけているからと云うことであります。経文の中にも「しう重暉」(しう
ぢゆうき)と云う言葉があり、月日治める世に神一条の道を知りて聞き分けるならば、重

ねて光を発するとの意味の事が書かれてあります。基督教にはヨハネ伝の第一書第五章八
節に「証するものは三ッの御霊と水と血となり、この三ッ合いて一ッとなる」と明らかに

記されてあり、古事記の中にも「三柱の貴子に高天原、夜の食国海原知らせ」と明らかに
記されてあります。三柱とは日月風であり、日は即ち天理は日様温み母なり、キリスト教

は父、水、月様なり。風は仏教の釈迦牟尼如来であります。聖徳太子の十七条憲法の第二
に曰(いわ)く「篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり、即ち四ツの生れの終帰(ついの

よりどころ)、萬国(よろづのくに)の極(きわみ)の宗(むね)なり、何(いづ)れの
人かこの法を貴(たっと)ばざる人尤(はなはだ)悪(あ)しきもの鮮(すくな)し、能

(よ)く教うるを以て之に従う。其(そ)れ三宝に帰(よ)りまつらずば、何(いづれ)
を以(もて)か枉(まが)れるを直(たゞ)さん』とお示しあります。  ◎仏は仏教、

◎法は基督教◎僧は天理(天然自然)であり、この三ッを正しく説いてこそ、世界を浄化
することもさして難事ではないと仰せられています。

吉備真備大臣(きびまきびおゝおみ)が支那の国より持ち帰りた支那の予言である有名な
「耶馬台」(やばたい)の詩の一節に「東海姫氏国」(とうかいきしのくに) この註は

=この詩は御承知の通り、吉備大臣が支那国(しなこく)より持って来たもので是は支那
の予言である。それ故支那から日本を見れば東の海の姫の氏の国と云う事になります。

姫と云うことは天照大神御教祖の氏子の国で有ります。「天命三公在」(てんめいさんこ
うにあり)この註は=(天の支配と云う事は天の命令通りしなくてはと云うことで、その

天の命令をうけ、その命令を出す処は三軒三棟(さんげんみむね)にあると云うことです)
「三軒」とは仏教、基督教、天理の道であり、 「三棟」(御胸(みむね)のこと)とは
火水風の入り込みの社(宮)の事であります。

◎三軒三棟とは云うまでもなく神一条の道、その他の古典を紐解(ひもと)いて見まして
も真実の神の思惑を知らし迷える人々に正しい信仰の灯(あか)りを点(てん)ずるため

にはどうしても三教一ッにまとめて解き明かさなければ、到底その本願を達することは出
来ないのであります。この三教一ッにした教えこそ、世界人類を無明の世界から救い上げ

る親様の篤(あつ)き守護のもとに和楽して瑞気(みずき)溢(あふ)るゝ地上の天国を
築くその基(もと)となるものであります。仏教にては釈迦牟尼如来(仏)、観世音菩薩
(法を悟る)、弥勒菩薩を三宝礼と云うなり。

   三 位 一 体 の 意

    鏡=水=月
       ‖  ‖ ‖
    剣=火=日
    ‖ ‖ ‖
    珠=魂=風

   仏とは最上位の人間を云うなり

    三 宝 礼 の 意

  聖徳太子十七条憲法の中に示しあり。

    仏 法 僧

  ◎ 仏とは天照皇大神宮(日本古事記の中に)
    基督教にては人の子

    天理教にては人間甘露台
    神仏一体なり。

仏教にては「人間の姿を造りて先の知らせなり」基督教にては「人の子の出る知らせによ
りて天の法則を御予言せられてあり。」天理の道には「年限の理と屋敷の因縁を持って心

澄ました理により、人間甘露台を出現さして南無天照大神様の大計画の大旨を説き世の衆
生を救済なす事を説いてあります。」

◎仏とは三教(仏教基督教天理の道)共に一体である事を示してあります。即ち南無天照
皇大神宮女神人の子大食津神人間甘露台豊受大神宮、この神は三位一体にして別々の神に

あらず。法とは日本古事記の中に「三柱の貴子に高天原夜の食国(おすくに)海原知らせ」
と記してあります。三柱とは「月日の愛(いつく)しむ子、一粒種の天孫日子番能ににぎ

の命の口より聖書の中の人の子が大神様の大旨を明らかに致すに付いては息でものを云う
て風で吹き分け致すのであります。即ち日月風を三柱と云うてあります。」基督とは一切

の意をただすと云う意味(僧とは仏の意と同じこと)我身我家の事を忘れて世のために大
神様の大計画を立てぬきて世の衆生を救済する最上位人間であると云う意味であります。
                            妙真珠よりその11へ続く
 

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