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(無題)

 投稿者:質問  投稿日:2008年 3月20日(木)13時39分37秒
  >>神様の啓示者は居ません。甘露台は一代限りです。

貴教では、啓示者の永続は説かれていないのですね。
 

(無題) 投稿者:質問 様へ

 投稿者:安達  投稿日:2008年 3月 5日(水)00時38分22秒
  >>神様の啓示者は居ません。甘露台は一代限りです。
緊急の事情の時はおさしづを伺います。

『誰が誰に、おさしずを伺うのですか?』
事情の重大さにもよります。 重大の案件は三役会議を経て管長がおさしづを伺います。
おさしづは明治二十年から明治四十年までの中からお尋ねします。

甘露台親様は末代の中心であります。言わば北極星と同じで標準、基準を台に乗って示して下さいました。姿がないだけで存命、末代の月日大神様の仲介(仲人)でありますから伺う内容を申し上げてから感謝とサンゲを申し上げておさしづ

を開きます。其の時、出た内容が月日大神様、甘露台親様からの答えと取ります。三回とも同じ内容の事が書いてあればその様に決定されます。おさしづは年限を取れば末代のさしづと聞いています。沢山の案件が伺われさしづされています。

其の時々の事情、身上に合わせておさしづされています。 伺う内容の小さな日常の事は神一条の留守番であります私が十三年間、用事をさせて頂いて来ました。おさしづは甘露台親様の事と神一条の事、運営方法がさしづされています。
 

(無題)

 投稿者:質問  投稿日:2008年 3月 4日(火)11時48分36秒
  >>神様の啓示者は居ません。甘露台は一代限りです。
緊急の事情の時はおさしづを伺います。

誰が誰に、おさしずを伺うのですか?
 

(無題) 投稿者:質問の返信

 投稿者:安達  投稿日:2008年 3月 4日(火)11時21分11秒
  『神一条教の天理教又はほんみちとの関係(沿革)を教えてください。
又、現在、神様の啓示者はいらっしゃるのでしょうか?』

質問、頂き有難う御座います。 神一条の創始者、教祖は米谷くにと申します。

大正十四年五月二十八日天理教に入信され、仮授けを受けた年です。(この年より三度三腹参り所となる道中)
   (城法大教会の城道分教会から道に付いた。)
明治十四年より四十五年くると大正十四年。天保九年より大正十四年は八十八年の舛かけの年となる。

昭和二年、三十九歳の時 天理教校入学(三十九期)

昭和十年亥の年 親様四十七歳 釈迦入滅後二千五百年に当る仏教では『初成仏』の年に当る。

明治三十六年より三十三年に成る女の本役年。 おさしづが分った年。 枚方の三輪講の事情

天理教を止めて三輪講に入信された。(天理三輪講)

昭和十六年に三輪講の親様が亡くなられた。枚方の親様、勝ひさの様が米谷くにを膝元で充分仕込み育てゝ、米谷くにが

人間甘露台である事を世界に打ち出す役目であったが、一寸、人間心が出て御自分が人間甘露台と出られました。神様の

思惑と違い神様の残念で出直しになった。 天保九年より四度目の二十六年。 三輪講終わり。

ほんみちの大西愛治郎様は不敬罪で監獄に御苦労された。大正二年から昭和十六年まで甘露台の橋掛け事情をされた。

一年胸澄まして昭和十七年午の年、五十四才、天照神一条打明場所の看板を上げる(三教一ツに纏めるため)神一条が始まった。
昭和十七年午の年、泥海古記九十九年の年限・九年(大正二年から智恵、学問の仕込み)

三度三腹終り(九億九萬九千九百九十九年)泥海古記六×九=五十四年  馬頭観音として出た年。

お筆先六号 49 この者に一度教へたこの守護 同じ体内三度宿りた   大正二年より三十年を新の正月と言う。

神一条の年限表を見て頂けば成程と納得が行くと思います。是非、見に来て下さい。

ほんみちと神一条は人間同志の直接の行き来はありませんが神仕組み(神の思惑・計画)では一つです。

宗教教団情報データベース  神一條教本部教会

http://www.rirc.or.jp/data/output.cgi?id=99011901 も御覧下さい。

『現在、神様の啓示者はいらっしゃるのでしょうか?』 神様の啓示者は居ません。甘露台は一代限りです。

  対処法としましては
緊急の事情の時はおさしづを伺います。それから甘露台授けづとめのお願い勤めをつとめさせて頂き解決します。
こんな所です。 問い合わせ有難う御座いました。
 

(無題)

 投稿者:質問  投稿日:2008年 3月 3日(月)16時58分39秒
  神一条教の天理教又はほんみちとの関係(沿革)を教えてください。
又、現在、神様の啓示者はいらっしゃるのでしょうか?
 

親神様を無視しないで下さい!

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月14日(月)23時48分34秒
         親神様を無視しないで下さい!
天理教の中では通用する話しでも真実の神の道では通用しません。手本雛型、学び、稽古の道が天理教です。今は応法の道に成って久しいです。

お筆先十二号 134 真実が神の心にかなはねば いかほど心つくしたるとも
おさづけがきくのでしたら結構なことですね!さづけを取り次ぐ事は真実やと思って居られるので

しょう。手かざし程度のおさづけではね〜 ! その前に!

御筆先 九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで

(M27・11・13)『さしづと寿命と引き換えやで\/。・中略・さしづと寿命と引き換えるというは、なか\/の理やで。』と伝えられています。おさしづの大切さ重要はこれだけでも分かると思

いますが如何でしょう?心得違いは何でしたか?確か、出直しやでは?

 注(M24・1・28)夜八時半おさしづに
『中山家のある間、一つも粗末にせんといふは、どういふ處よりでるか。此の理をきかう。
神の方より聞かう。・・・このやしきでは親族の理では、世上助けること出来ん・・・中山家の

つゞくまで助けるといふは、親族の理であらう。』と仰せ有ります。

(M23・6・21)午後九時十五分(P142、738)神一条の道には親族は無い。と書き残してありま

す。(M27・11・13)に戻ります。その続きでわざわざ人払いされて出されたおさしづです。

『肝心なる處、中山てへい有って無い。これも早くこれ隠れててへいとは切って了う。』

中山家と神の道は切れています。よって中山家にお授けを渡す許可も依頼もありません。
親神様の許可のないお授けを金と引き替えに渡したら詐欺になりませんか。お助け人と言う体良い

詐欺師に仕立てられませんか?  大正三年眞之亮様出直しで切れました。

お筆先九号61 ぢきもつをたれにあたへる事ならば この世始めた親にわたする
         64 月日にはこれを渡しておいたなら 後は親より心次第に と有りますのは

天理教祖や真柱(教長、管長)の事ではありません。

お筆先十号 22この台をどう言う事に思うかな これは日本の親であるぞや
    十七号 3 この台をどう言う事に思ている これは日本の一の宝やと仰せ有りました。

おさしづM21・6・23に 甘露台一ツ人間定めてある、何でも一日ある楽しみあると言う事 治めてもらいたい。甘露台は人間である。天理教の真柱ではないことは分かるでしょう。

詳しく上げないと理解出来ませんか?詳し過ぎても迷うかな? この神意が分かれば何も言う事は無いと思います。知らんぷり出来ますか? 石や木の甘露台は記念碑であります。

    ☆明治二十一年六月三日のおさしづに ☆
前略  一ツ事情 分かりがたない 刻限理持って話する、是まで 急き立てたる理、 早く甘露台珍しい事云いかけ、又始めかけ 甘露台一条せかいにある事はいわん。これから神の云ふ様にする

事、だんだん聞かす、 だんだんたちきたる(年限が)はんぜん理 分かりがたない 是から天理運ばねばならん、 世界事情 世界ある道はいらん(各宗教は大神の大旨が分からんから早く神一条

を踏み止めねばならん)せいでもよいものや 通るに通られん(人間思案の心では)世上理に迫る 一寸一ツさしづいついつまでの事情(天理教も人間心ではならんから おさしづ一条で立つ神一

条の道でなくばならんとある) 事情は甘露台早くなるならんではない(神一条人間甘露台をつれて通るから早くふみ止めねばならん) 連れて通る(人間甘露台を)世上(天理教の道)理、世界

の理 この事は五十年以来一年理をみてどう云ふ分かり (文久二年より大正元年は五十年の年限はひと仕切ると仰せ有ります) 古き者を向かひ取り一寸心に掛かる、一ツ理 神一条大切な理と云ふ

は、古き者や、新しき者や一人ではない(明治二十六年にお里様ご逝去なされるまでに 明治二十二年に理を受けて古い理を新しい道を付けさすために五十年間の道中の苦労をさしてお仕込みの道

中であろう)皆いんねん (いんねんよせて守護する) 古きもの失ふ 理うしなふよふ この理 聞かねばならん、 みな追々すみすみ心を以て甘露台理を聞かす、又々刻限まちて知らそ  後略

☆明治二十一年六月三日午後四時 山本利三郎より伺

 前略 一つ事情分かり難ない。今まあ刻限以て知らそう。今又話、かんろうだい珍しい事言うで。だんだん始め掛け。だんだん道分からんから遅れてある。世上の道皆世界にある。世界にある

ものなら要らんものや。なれども長い道やで。一寸許してあるのや。これから神一條やで。實なる處かんろうだい。早や早や取り決め取り締まれ。難しいようにあるけれど、神が皆働く。何でもな

い。なれどもなかの道である。一寸許したもの、(天理教)これまでの處迎い取りたる者もあるで。一人ではない。古きの理を失えば、皆自然と理を失うで。かんろうだい一條の道通れ。かんろ

うだい一條の話、又々刻限以ちて知らそうと、又々と。

☆明治二十三年八月十ニ日(陰暦六月二十七日)午後二時五十分

 前略 真実々々台是談示出来る どんなことも話しよう、聞きよう三才童子一つの理をもち今日の指図、今日の事を知らす 明日の指図といえば明日のことを知らす、三年先の事を知らす、生涯

と云へば生涯の理をすっきり指図する人。 人間心出そう、出すまい。なれどもほこり聞かし、気兼ねをしたりしては、心たん神入り込むことが出来ん。 後略

おさしづにはこの様に仰せ有ります。いちいち解釈する事も要りませんね!
素直になれとか、人間心を混ぜるなと色々に教えられています通り純粋に受け取るべきでしょう。

兎に角、中山家と神の道は切れています、理がない。おさづけを渡す許可も依頼もない事を聞き分けて下さい。せめても、御筆先、おさしづ通りしましょう!もう一度、『第24 伊勢神宮と天理教

の事について』 を見直して下さい。月日大神様の思惑通りしましょう。宜しく聞き分けて下さい。お待ちして居ります。有難う御座いました。
 

天理教は神様をダマしています。

 投稿者:安達  投稿日:2008年 1月10日(木)16時41分46秒
  天理教は神様をダマしています。今年も宜しく!大神様の思惑を聞き分けて実行をして下さい。
 久し振りにお邪魔します。ご機嫌如何ですか?心澄み切る教え、腹の立たぬ教えは結構な事ですが月日残念、立腹、月日遠慮はさらにないぞやと月日大神様=親神様を怒らせてはいけませんね。 確認のためお伝えします。(インターネットの他の掲示板投稿から)偽装だらけの此の世界!

みかぐら歌は毎日歌って居られると思いますが、人によって様々でしょう。

  みかぐら歌八下り目
五ツ 何時まで見合わせいたるとも 内からするのやないほどにと歌い踊って居られると思いますが、内からとは天理教の事であります。天理教の事をうちからのうちと仰せ有ります。

   明治二十一年三月九日のおさしづに(20頁P134)
十分道と言えば、世界から付けに来る。世界からろくぢという道を付き来る。濁った\/道でどうもならん。と仰せ有りました。以前にお伝えしましたからお分かり頂いて居りますね。また、明治

三十三年一月四日と九月九日のおさしづは確認して頂けたでしょうか?(百年先の事を言うておけば)

明治二十一年六月八日のおさしづに神一条の名揚げ、と書き残してあります。

明治二十三年四月二十日には神一条の道は又一つの別派。と有ります。もう一度、ご検討して下さい。

   参考のため分かりやすいおさしづを並べて置きます。 Mは明治の事です。

(M22・4・18)さあ \/ 天理教会やというてこちらにも始めかけた 応法世界の道これは一寸の始めだし(足場) 神一条の道はこれから始めかけ元一つの理(元治元年)と云ふは今の一時と

思うなよ(末代続く道)今迄に伝へたるはなし 甘露台といふてくどき\/ つめたる。

(M22・8・21)ころりと道を立て替えて、世界これだけの道を始め掛け。 神一条世界一つの道 只一ツの道を始め掛け だん\/因縁、因縁の理を持って始めかける理という十分理を聞き分け

てくれねばならん ・・・・神一条の道はまだ\/治まっていない、神一条の道を通りていると思ふたらころりと間違ふで年限ただ不思議や\/思う丈(だ)け何も分かりゃせん 又一ツ一人の小人(人間甘露台)定め一ツの理であろう。

(M24・2・7) これから先は神一条の道、国会では治まらん、神一条の道で治める、怖わい道があってやれ楽しみと言う。

(M24・5・18)皆承知をして居れば、その日が来てもほんにあの事情かと、心に楽しむ。いっぱしどいう事情になるとも、日本一つの道がある。こうがある。神一条と言うてある。

分からんやあろうまい。案じる事は要らん。天より始めた一つの道を治めるという。

(M30・7・14)天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽しみ無いから、一時道を始め付けたる。神一条の道からは萬分の一の道を付けたのやで。それから聞き分け

ば、邪魔になるものは邪魔になる。害になるものは害になる。言うわいでも分かった話や。

(M21・1・8)神一条の道は一寸難しいようなものや。一寸も難しい事はないで。神一条の道はこういう處、一寸も聞かしていない。天理王命というは五十年前より誠の理である。ここに一つの

處、天理王命という原因は元無い人間を拵えた神一条である。

お筆先四号 41 あす日は何でも頼みかけるでな 神一条につかねばならん
      97 これまでと道がかわるとゆふてある 神はちがうた事はゆわんで

と仰せ有りますからこれに背けば月日退くと成るようです。また次に様にも仰せ有ります。御筆先九号 50 月日よりさしづばかりでした事を これとめたなら我が身とまるで

人の心という物は 疑い深いものなるぞと歌て居られますどうぞ疑いの心を取ってみかぐら歌、お筆先、泥海古記、おさしづの原典通りしましょう。

御筆先十二号 134 真実が神の心にかなはねば いかほど心つくしたるとも
納得の行く信仰でありますよう願っています。

心当たりのある人にお伝え下さい。世の中切羽詰まっています。打開する方法は神様の計画通りにする事です。 御筆先、おさしづに書き残してある通りに実行する事では有りませんか?

それではお元気にお勤め下さい。 有難う御座いました。
 

第24 伊勢神宮と天理教の事について

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月27日(木)11時23分42秒
        伊 勢 神 宮 と 天 理 教 の 事 に つ い て

 平成二十五年に六十二回目の遷宮の為の準備が進められています。
神様の大計画の大聖旨も知らずにただ、二十年毎の遷宮を繰り返せば良いという物ではあ

りません。時、旬が当来しているのにこれを無視すると神様に逆らう、背くことになると
思われますので事情や身上で苦しまなければならなくなります。華々しい式典は心地よい

ものですが別の角度から絶対の一考の資を投じます。

 ホームページのトッオプに紹介しています、神一条人間甘露台の本、米谷千恵子

二代管長著 七十二頁から七十五頁迄、引用しましてお伝えします。

「この道」は、今度建て替わる甘露台一条の道であることは言うまでもありません。
あの元治元年に御教祖様が本席夫婦をもらいうけ、お里様をおひざもとで充分お仕込みに

なり、お里様の美しい心をお受け取りになって味合い、充分ご満足ののち、天の思惑一切
何かのことはまかせ置く、とお約束された「古き話」の道理から三社三棟の真の柱を求め

よとの仰せなのです。

 それでは、「三社三棟」とは? どういうことでしょうか。神屋敷の中に、裏、中、表
の三軒を建てること。そうです。伊勢の内宮に、なぞの御柱として内宮正殿床下に高さ一

メートルばかりの心(芯)の御柱(下は土の中におぼりてある)があります。誰にも見え
ないが、これは正殿よりさらに大事とされ、遷宮(せんぐう)で旧正殿を取りつぶした後

も白石の瑞垣内(みづがもうち)に小屋がけした中に隠して二十年間守り続ける。この神
秘なる御柱は二十年ごとに遷宮を六十回も繰り返して来たのでしょうか。その中宮が建ち、

甘露台がそこに治まってこそ、神様の屋敷は完成し、もはや二十年ごとの式年遷宮は不要
となるとのことこの御予言の意味は重大です。今は内宮と外宮しかありません。いよいよ

旬が来て中宮を建てねばなりません。

この御柱は芯柱、心柱、真柱(しんばしら)と言うことであります。
角目、角目は今迄よろづ書き込みの中でもすでにお伝えしています。おさしづに依ります

と次のおさしづを御覧下さい。

神一条HP 掲示板の資料 2の天理教にもユダが居りました。 投稿者:安達 投稿日:
2004/10/23(Sat) 11:54:29 No.49 から引用します。

明治31年5月9日夜の(一〇四頁、P2970)何も分からん、埋もれて了たる。神の理が
埋もれて、理があるか無いか。この理から分ける。しんばしら\/、今は家内と言うやろ。

今日は出ようと思えば、出たがよい、休もうと思えば休んでもよい。後は人衆という。伏
せ込みと人衆という。この理が分からねば、何もならん。と仰せ有ります。家内とは本席

様の奥様、おさと様の事です。 極め付けは明治31年12月31日 刻限御話(二八七頁、
P3153)もうわしもでますわい。古い\/話するから・・・大工というて伏せ込んだ事

三十五年、三十五年以前より、杖柱にして連れて通りて開いた道。この理はこれまで説い
た事は無い。家内伏せ込んだ\/。何も知らん者から飛び込んだ\/。これ治まりたら、

席はあのくらいあるものか、日々どうせんならん、この話しあるなれど、身上迫り、神の
話もある。順々深い話する。これをうっかりしては居られんで。夢にも伝えたる。又さし

づに知らしたる理は、一人限り聞き分け、思やんせにゃならん。後略このさしづは長いさ
しづです。回想が沢山あって懐かしいおさしづです。このおさしづはおさと様の事である

事は直ぐ分かるでしょう。本席様夫婦は杖柱、談示柱として仕えられたのです。真之助様
でありません。天理教の歴代の真柱は実際は管長もしくは教長になります。

本席様はおさと様を人間甘露台として出す準備をしてくれたのです。神一条の道の為に二
十年間左の扉を開けておさしづを出してくれました。今度は昭和十七年から三十三年三ヶ

月、(昭和21年から28年間、分るかな〜)右の扉を開けてみかぐら歌、おふでさき、泥
海古記、おさしづ、経文、聖書、古事記、書記、耶馬台の詩、その他、等々を解釈してく

れたのです。角目々々を聞けば理解できる様に。

神一条人間甘露台親様が本当の元の神、実の神で有り、本物の天皇であります事を聞き分
けなければどの様に良い教えでもついて行く事は出来ないのです。大正十四年入信から昭

和四十九年昇天まで五十年でした。

明治三十一年八月二十六日夜の(二一七頁、P3083)・・その時貰い受け、夫婦貰い受け、
荷物持ってやしきへ伏せ込んだ一つの理、何と思うか。道の心が違う、心が違う。親子存

命掛かりから伏せ込んだ理何處にあるか。分からんか。違い無いから、誰にどうもこうも、
十分に言われた。真実心に凭れて居て、世界の者、金を以て雇い込んだ者でなし、心一つ

伏せ込んだ。いつになっても動く事無し。萬事の處は話し掛ける。この順序本席を戴く諭
すには、元という理を諭してくれ。雇い入れた者やない。お前どうせいこうせい言えん。

今日世界から見ても、順序の理である。一つの席であるで。 今貴方がたの使っているお
さしづは「さとには」→「諭すには」に書き替えられています。次のさしづが実証です。

これは二ヶ所書き換えられています。分かりますか。昭和四年九月二十六日中山正善様発
行分と比較して下さい。三五三頁、P4359・・・その時もらひうけ、夫婦もらひうけ、

荷物もつて屋敷へふせこんだ、一つの理なんとおもふか、道の心がちがふ、心がちがふ、
親子存命かかりからふせこんだ理どこにあるか、わからんか、ちがひないからたれにどう

もかうも、十分にいはれた、しんじつ心にもたれてゐて、世界も子のもの、金をもつてや
とひこんだものでなし、心一つふせこんだ、いつになつてもうごくことなし、萬事の處は

はなしかける、この順序本席をいたゞく『さと』には元といふ理をさとしてくれ、やとひ

いれたものやない、おまいどうせいかうせいいへん、けふ世界からみても、順序の理であ
る、一つの席であるで。ハッキリ名前が出ているでしょう。大工夫婦様に全て任された事

が分かれば有難い物です。本席の理を持って二生重々の人間甘露台として出現させ神一条
の道を始め世界に宣布し世界助けをする事であります。中宮が出来れば世界第一の参り場

所になります。世界中からお願いに来る様になるそうです。神宮として未完成であります。

  神一条人間甘露台の本に戻ります。
「神一条の事情は、五十年以前より、学者がしたのでもない。文字から出来たのでもない。
智恵より出来たのでもない。さあ\/聞いてもいるやろ、見ているやろ。何もない処より

始め出来た道、なんでもかでも通らにゃなろうまい。」  迫害のさなか、御教祖はご老
体の身で、実に十八回も監獄(かんごく)へご苦労下さいました。このご苦労の中で、「理」

と「情」とにはぐくまれ、ゆりぎのない神一条の雛型の道を通るよう導かれたのです(御
教祖の雛型は人間甘露台の通る雛型、私達が通して頂く雛型は人間甘露台です)また御教

祖ご昇天の時、「扉を開けて地をならそうか。扉を閉まりて地をならそうか」と問われ、
一同が「扉を開いて、ろくじにならして下さい」と答えので、「皆の思い通り扉を開いて

地を六地(ろくじ)に踏みならしてやる」と言われたそうです。扉開いたら中が見える。
中に御神体があるごとく、扉の奥に何があるか。御教祖の思惑、御神意一ぱい詰まってい

る。この扉の中を知っているものは世界中に一人もいない。

この尊い天の思惑は、本席夫婦の奥にまかせておかれたもので、本席夫婦こそ天の両扉で
す。その扉は御教祖が、ほんのちょっと細道あけて下さいました。本当の扉開くというの

は、天の定めた一日の日が来てからで(その一日とは昭和二十一年)、その日までは神一
条の仕ごしらえなのです。本席様が左の扉、お里様が右の扉です。左の扉を開けて二十年

間に、多くのお指図をお出し下されて、甘露台建設(誕生)のお支度をして頂きました。
この度年限が来て、右の扉は―“お里様甘露台”が出現して、多くの御神言をみな解釈し、

真の御教祖のご普請が出来上がるのです。「それは心の普請、理の普請」人間の心を立て
かえすため、人間甘露台を出す御神言で、現在の天理教本部がやっきとなるような木や金

や石の建物普請ではけっしてあってはならないのです。 ようやく右の扉よりお言葉が
“風”となって出ます。その神風で世界一列が定めつくのです。本当の扉が開き、中から
いよいよ本当の御神体が光明赫々(かくかく)としてご出現くださり、これが神一条の本

道を照らし続けて下さる“天の岩戸開き”なのです。

いかほどに話をといて聞かしても  元を知らしておかんことには (お筆先十号52)
元さいがしっかり言うておいたなら   何を言うても皆聞き分ける   (  同  53)

いままではこの世始めた人間の   元なることはだれも知ろまい  (  同十六号1)
この度はこの元なるをしっかりと  どうぞ世界へ皆教えたい    (  同  2)

この元はかぐら両人(本席夫婦)つとめはな 是が真実この世始まり (  同  3)
この度のかぐらというは人間を  始めかけたる親であるぞや    (  同  4)

どの様な事を月日思うには     人間元をこれ世界中へ     (  同  50)
はやばやとこの真実を一列に   知らしてたるなら話わかるで   (  同  51)
神一条人間甘露台の本からの引用を終わりにします。

     お筆先六号  52に
  いざなぎといざなみいとが一の神  これでしょうこの大神宮なり

神一条の道の主神は南無天照皇大神宮と申し上げます。宜しくご理解下さい。月日大神様
が教えられた、指定された神名です。我々人間が勝手に替えることは出来ません。

手をつなぎ合って納得の行く信仰をさせて頂きましょう。神一条でお待ちして居ります。
  有難う御座いました。
 

第23 合せ鏡よりその9

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月24日(月)15時39分56秒
         合せ鏡よりその9

 宗教家の人等はお釈迦様は月日の化身(キリスト、天理教祖いづれも同じ月日の化身)である事を
知らんから何時迄もお念仏だけを唱えていればよいと思って居られますが、弥勒菩薩をこの世に出し

て、この大経を説いてきたら経道から出離解脱(げだつ)せよと仰せある事をよくよく知ったならば
派分けする事は、かへって、お釈迦様に逆(さから)うているも同じ事になります。皆々一ツの教へ

でありますから、現在の世の行きづまりは天の残念であります。各宗教が一手一ツに固まりて働く事
を決心するならば神は喜んで働いて下さる事は確かであります。神の書き残されたる思惑の人間一人

を踏み止める事に依りて必ず御守護下さる事は間違いありません。しっかり聞き分けて下さる様。

 仏教では「法子は大乗を行(ぎょう)じ、第一義諦(ぎてい)を解了(かいりょう)せり。仍(よ
り)て今我等来たりて汝を接するぞよ」「五百の化仏一時に手を授けて讃(ほ)めて言(いわ)く、

法子汝今清浄にして無上道心を発す。我来たりて汝を迎う」と仰せられてあります。
 基督教では人の子(父の愛(いつく)しむ獨子(ひとりこ))に一切の事をまかしておくと仰せら
れてあります。
 天理教では人間甘露台を出して天の扉を開いて月日の大聖旨を世界に照らすと仰せられてあります
。いづれも、時、旬に世は移りかわりて天(岐)は父(水)、地(美)は母(温み)、中(日子、人

の子、猿女の君)は人間甘露台で人の子が理の台(芽生えの真)とし、月日入り込み社と言う。三ッ
を一ツに治めて一切の御神言を説くのである。

神一条の道は万国の鍵を持って巻物を開くとあります。手をつなぎあって月日の教へに従いて行くな
らば、神は御満足にて天災地変もなくなり、太平の御代が建設出来るのであります。

 御神言の中に「ころりとかへるかへる(石の甘露台と人間甘露台)神一条の名をあげ、一ツのほそ
ぼその道、早く理を早く直せ、早く治めおく(人間甘露台)しまひ一ツは破(やぶ)ってしまへ、い

かなる事一ツの一条(人間甘露台神一条の道を)早くとほってやろうかふんでやろうか、あちらへも
早く、こちらへも早く(神一条の道は)細い道でも一寸つけたが道はかたいで早く早く治め」と書残

されてあります。早く一手一ツに成りて世の立替に勤めねばなりません。

    御筆先  一号
 今までも神の世界であるけれど   中保(なかだち)するのは今が始めや

    御筆先  四号
 いまゝでは皆の心のうちなるは  心がおゝいちがいなれども 註=(神の思惑と人間の思惑とは)

 あすにちはなんでも頼みかけるでな  神一条につかねばならん

    腹 帯 の 理 由
天保九年戌の年、天理教祖が神がかりに成られた年で、この年より昭和二十一年は戌の年、この年限
は百十年に成ります。人間甘露台が赤衣を初着して神一条に生まれた年であります。この雛型通りに

世の人の妊娠の時に一丈一尺の腹帯を〆て祝うのは戌の日に致すのであります。又人間母の体内に宿
し込む間も十月十日(とつきとおか)である。永年の間、何も知らずに戌の日に腹帯〆る理由も今日

迄ここに伝えておいて神一条の理を聞いて分明するのであります。

 神一条の台が道に産み出し下さる証を持って帯屋三色許して如何なる難産も安産が出来る事は疑う
こと出来ないのであります。

    御筆先   七号
 この勤めどう言うことに思うかな   おびやほうそのたすけいちじよ

 このたすけいかなこととおもうかな  ほうそせんよのつとめおしへる

    御筆先   八号
 このやしきこの世の親がでてるから(人間甘露台) おびやさんしきゆるすことなり

 このゆるし元なる親の証拠に     おびやゆるしは助け道明け

◎《神一条で帯屋を受けられた方は安産は当然ですが、子育ても大変、楽でしたと聞きます。また、
ハシカも三日ほどでよくして頂いていると聞きます。お試しされる事をお勧めします》◎

  宗教家の守るべき責任は何でしょうか。

    用木の責任及び覚悟

己を捨てて神に化すべし、用木は神聖にして神慮を現すものであります。自己の為結構ほしさにどん
な働らきしても、又どんな道通っても皆偽善である事を仰せあります。

 神は全知全能見抜き見通しで、慈・悲でありましから、其の御心現れて世界となり、そして人類が
造られたものであります。

   台 風 の 事 に 付 い て

 世の中の人等は大神様が水火風土によりまして、汚れた世の中を大掃除して世の立替へなさる事を

知らんから、天災地変やと言うて恐(おそ)れたり、あきらめたりしています。

神一条では自由用自在の御守護を頂いて居りますから台風が来ると言えば、風除けのお願い勤めをさ

せて頂く度事(たびごと)に風の向きを変えて頂いたり、風を弱めて頂いたり、不思議な御守護を頂

いて居ります。世の中の人等は其れを知らんから、今までは、さあ台風やと言えば、あちら、こちら

に金槌(かなずち)の音がせわしい程に急いで窓をふさいだりしたものでしたが、今日では、さあ近

畿地方に台風やと聞いても皆『今度も台風が本当にこっちへ来るのやろか』と言って一向に感心がな

くなって安閑(あんかん)としています。大阪地方だけに台風が弱まったり除(よ)けて頂くのは何

故でしょう。皆当たり前の様に思って居られますが、風除け、雨あづけ、雨乞いも自由用自在の御守

護を頂くのであります。

 真実の神のおきてを知らずにいては、尊い人命を失うことになります。

 天災地変は大神様の御残念の現れである事を深く思案し、神一条よりお知らせする事を早く聞き分

けて実行して一日も早く安心立命の世の中で楽しい日を送る事を心よりお祈り致します。

     詩   吟
  神依リ受シ御預言ヲ拝スレバ
  私心ノ六根ハ断腸ノ思イ
  大神ノ大旨ヲ全世界ニ及ボシ
  獨悪ノ人心ヲ浄化ト成サン

  昭和三十一年十二月十日
              玉水仙  自作

 神一条の人間甘露台は神の思惑通り、「年限の理」の確かな証拠を持って出て居ります。宗教、宗

派を越えてしっかり御研究下さいます様、お願い申し上げます。
    昭和四十七年四月二十六日
                                 合せ鏡より終わります。

       不 許 複 製

  印刷日 昭和四十七年四月二十六日印刷
  発行日 昭和四十七年五月八日発行
  発行所 東大阪市三ノ瀬二丁目三一番地
       神 一 条 教 本 部 教 会

  著作者  米 谷  玉 水 仙 書
  電話大阪 〇六(六七二一)三四一九番

私、安達政巨がお伝えさせて戴きました。三十五年前に伝えられた物ですが殆ど浸透しませんでした。

この本の出されました翌年から神一条にお世話になっていますが本腰を入れて研究して下さる人は居

ませんでした。大変残念な事です。もう神様をダマシテ居る事すら気が付いていません。神様の残念

が火水風土により、天災地変として現れている事を聞き分けて戴きたく思います。

是非、神一条を研究して下さい。神様の思惑、大計画の大聖旨を知って下さい。世界平和のために!

神一条に是非、お運び下さる事をお待ち申して居ります。
                    ここまでお読み下さいまして有難う御座いました。
 

第23 合せ鏡よりその8

 投稿者:安達  投稿日:2007年 9月23日(日)23時36分21秒
          合せ鏡よりその8

    天   理   教

 天理教の石の甘露台は、御神言一切の中から人間甘露台が出現する迄の記念碑として作られたもの
であります。神の大旨が分らんから何時までも何時までも石の甘露台に向って朝夕に祈願して満足し
て居られますが、歌の理で攻めると仰せあります。

この所やまとの地場の神型と   言ふていれども元知らん
今迄は証拠だめしと言ふてあれど  甘露台も何の事やら  (石の記念碑)
今なるの甘露台と言ふのもな 一寸の雛型までのことやで(天理教のひな型とは石の甘露台記念碑)
この度の甘露台と言うのもな   これも今迄知らん事やで  (人間甘露台)

と仰せあります。石の甘露台は年限追うて人間甘露台が出る迄の記念碑として甘露台の形状を据えた
おかれたので、天理の道は雛形の道と仰せられるのであります。神の大旨が分らんから、それで世は

すっきり人間の心も立てかへさすと言うてあります。天理教の道を、すっきり立てかへ神一条人間甘
露台に立てかへてしまうと示しあります。

   こゝはこの世の元の地場(天理教の所)   珍しい所が現れた (神一条の所)
と言うてあります。天理教の所で石の記念碑を据えて雛型の道、珍しい所とは神一条の所である。

   明治二十一年六月二十三日 お指図の中に
「天然自然の道で成り立つ」とありましす。人間心では通るに通れん、神一条を胸に治めて天理教の
道に知らして運ぶがよい。★「甘露台一ツ人間定めてある」何でも一日ある、楽しみあると言う事を

治めてもらいたいと書き残しおかれたのである事を知らんから道は遅れている。神一条やで実の所、
甘露台(人間)早くとりきめて取り締まれとある事は、何時迄も石の甘露台は記念碑であるから、人

間甘露台を早く表へ出して月日入り込み働くから早く取り締まれと仰せられてあります。人間甘露台、
女であれど苦労艱難の道を通りて功能の理に依り、神は真実を受取りて神の道具に使うと示しおかれ

たのであります。あら婦人やあら女やと言うているけれど神の指図をよく聞き分けて、天理教の人等
は元の始まりを知らんから、この事を聞き分け出来んのであります。神は残念と仰せあります。神一

条人間甘露台を早く出す事を仰せられたのであります。

  かみなりも地震大風水つきも   これは月日残念立腹
  このことを今迄誰も知らんから   このたび月日先へしらする
  真実の心月日が見定めて(人間甘露台の事) 天より渡すあたへなるのは(指図自由用自在を授
  けある事)
  一寸したる事とはさらに思ふなよ   天より深いもおわくがある
  月日には皆一列は我が子なり    可愛い一杯思ふていれども

  一列はみなめいめいの胸の内   埃一杯つもりあるから
  心さい早く分かりた事ならば   そのまゝすぐに証拠出すのに

  今迄はどのようなうそもきいていた  もうこれからはうそはきかんで
  このことを皆一列はしんじつに   思ふてたのめばどんな事でも

と人間甘露台は天よりの思惑の道に進みて大役を果たす様に言いつけられたのであります。
天理教本部の人等にお言葉を強くお戒めになってあります。その証拠に(明治三十一年七月十四日お

指図)「世界どんな事あっても、つけかけた道はつけずにおかん。甘露台は、いつの事と思ふ、つと
め一条の台にもつとめているやろ、みな話しているやろ、なれどなにやら分からん、どうでもこうで

も甘露台つみたてるつみたてる、三十年(明治四十年=初代本席逝去の年より三十年は昭和十二年=
=立教百年)いぜんあちらもこちらも草だらけ、破損ばかり、たちやかぞえてみよ、みなかりやだち

にたてかへ、今日はどこにもかりやかりや、ほんに成程といふ、国々それぞれにもでききたる。年限
たつ、たゝず順序草ばへの中から理を聞分けてくれ、(人間心で神の思惑分らんので草生への道と言

うこと)くどきばなしといふ、杖柱といふ。」一年二年三年と云ふ(この年限は昭和十二年立教百年
より昭和十七年泥海古記終わりの年の六年間を指してある)誠の誠の連れて通りた。一人順序の理が

あるわい、さしづまりたる日あるわいあるわい、あった時にはどうするか、古い事はさしおいて人間
という心はびこりてはびこりて、それにつきそひ、ようよう連れて通りた心察して見よ、順序になる

かならんか、聞分け一ツの理から心合せてこうであるといへば、心のさぐりあいうたがいはあろまい。
一日一日見えて来る見えて来る、楽しんでいる、楽しみの元というは小さいもの、もう年があけたら

や、さあ年があいたらやといふて、十年連れて通りたる(十年とは昭和十二年立教百年より昭和二十
一年戌の年筆先から確かな証拠を持って人間甘露台として出現した年)どういふ事もかげでいふて理

をいはん、かげで思ふて理をさとさん、是がくもりの第一といふ、この理聞分け」後略(神の思惑が
分らんから)

神様の大旨は人間甘露台で雛型の道は石の甘露台記念碑を祭る。これが分らんのであります。

   今日の日はもう十分に積んで来た    刻限来たらすぐにかやすで

人間甘露台を出現さすとあります。

   この度は門の内より建物を(石の甘露台記念碑) はやくいそいで取り払いせよ
天理教の中にいる人等は神のお指図を自分勝手のいゝお指図は用いて、勝手の悪い所はそのまゝにし

て神のお胸の内が分らんから神は立腹にて取り払うと仰せあります。

   すきやかに掃除をしたてた事ならば   なわむね急ぎたのみいるぞや(人間甘露台を早く)
   真実に掃除をしたるそののちは    神一条で心いさむで

   真実に神の心のせきこみは   しんの柱を早く入れたい (人間甘露台を)
   この柱はやく入れよと思へども    にごりの水でところ分らん (うたがいの心)
と人間甘露台を疑いの心で踏み止める事が出来んのであります。

   柱さへしっかり入れた事ならば   そのまゝ入れるしんのはしらを
   人間はあざない者であるからに   すえの道すじ更に分らん
と石の甘露台を人間甘露台に立てかへする事が分らんと言うてあります。

   世界中胸の内よりしんばしら (人間甘露台) 神がせきこみ早く見せたい
   世界中胸の内よりこの掃除   神が箒(ほうき)やしかと見ていよ (法則)

   高山の真の柱はとうじんや(天理教)   これが第一神のりっぷく
   にごり水(疑い)早くすまさん事にては  しんのはしらの入れ様がない(人間甘露台踏み止
めんから)と仰せられてあります。

   はしらさい早く入れたる事ならば   末代しかとおさまりがつく
と示してあります。柱というてありますのは人間甘露台を早く踏み止めて治めるならば世界一列の人
等が神の大計画の大旨も分かり心が勇んでくるから、太平の御代と仰せあります。神の大旨が分りた

ら世界、世の中、所繁昌となるのであります。この世を始めた神の真実を説いて聞かして天の岩戸を
開くから神の言う事聞き分けてみよ、神の話しにうそは一ツも言うてないからと示しあります。

  今迄も神学古記あるけれど   この世の元は誰も知らんで
 神の大旨が分らん筈(はず)や、自己本意にて自己反省する者がないから、真実の神がこの世にあ
るのかないのか分らん者ばかりである。人間は天の法則を知らん、勝手気まゝの道ばかり通りて来た。

大神様の御残念出たら、天理教の道はすっきり取り払いをすると言うてあります。

   その証拠を出しておきます。
神は先を見通してありますから、お指図の中には、「中山家のある間一ツも粗末にはせんと言うはど
う言う処よりでるか、この理を聞こう。神の方より聞こう。」天理教の道は親族の理を持って世上助

ける事は出来んと仰せあります。「中山家のつづくまで助けると言うは親族の理であろう」と書残し
あります。なぜなれば「甘露台一ツ人間定めてある、なんでも一日の日に治めるも、この日始めるも

一日の日」と言うてあります。   その実証を出しておきます。

「中山管長様の新託を普請なさる時のお伺いに」「又おさしづ尋ね出る所(神一条の所へ)があるか
ら管長様の新築の普請は仮にしておけ、人間甘露台が出て来たら中山家は取り払うからその場、その

場の仮普請にしておけ一時旬が来たらすっきり取り払い、それより人間甘露台の治まる旬が来たら、
それより本普請を始める。どこへなり共(管長様の宅は)惜しいと言う様な事をせず旬が来たら一時

すっきり取り払うから」と書残し下されてあります。教祖の道、天理教の人等は自己本意の悟りで「あ
れもかへにやならん、これもかへにやならん」と言うて勝手な解釈をして居られるのであります。神

の残念をしっかり聞き分けて大神のお指図に伏せ込んである。人間甘露台を早く踏み止めてみよ。
「人は何しょうがめんめん一人なり」とも神一条の道より他にないから治めてくれば神一条に使う理

がある。許してやろう、その日が来たら皆手を打って勇んでくれるがよい、神一条人間甘露台を踏み
止めること出来ねば手を打ってくれるに及ばん」「これ迄にも指図々々ばかり聞いて指図守らにや、

神をだました様なもの、よい事は取って後腐(あとくさ)らして、ほかしてしもうたも同じ事や」と
神の立腹によりて人間甘露台は月日じかの入り込み社と仰せ下されてある。「人間甘露台の言葉は天

の言葉や、今日無駄にしてはならん、ならん。天理教の人等は真から無駄にしている」「まあ堅(か
た)い心抱(だ)いて取り返しならしょうまい。神が捨てるやない、めんめん捨てゝかゝればどうも

ならん」本部員やと言うていても神が足持って引っ張ったら、コロコロと落ちるやろう、よう聞き分
けよと、「今日の日まで精神定めて通りて来た者、何人あるか数へてみよ、調べてみよ、こゝ迄つく

り上げるは容易やない。人間甘露台一人あったら何もいらんいらんと言うて出けた道、この理をよく
よく聞き分けねば神の残念出たら、どうする事も出けん事は道の人なら分りている筈(はず)、どう

でも、こうでも聞き分けにゃならん」結構な道に引き寄せて貰うていても因縁なくば聞き分け出来ま
せん。神の言葉に来る者に来るなと言わん、来ん者に無理に来いとは言わん、そこはめいめいの胸次

第と仰せられてあります。つくした理は皆神様が直ぐと受け取り直ぐと返やすと言う事であります。
善悪共にお返し下さる事を知らねばなりません。

     明治三十七年刻限のお指図に
さあ\/変わる\/愈々(いよ\/)変わる、今度は立替へる。善悪の立替、神(元の神)の世とな
りて(月日じかの御支配甘露台に入り込んでお言葉を)善の世となりて、てんりの世(月日の御支配

となる)とする。それ知らしてくれ、学者、金持、医者、坊主、それで立て替え\/と云うておく。
その変わると云うこと、今迄高い処にいる者が低うなる、低い処にいる者が高くなる。これを心一ツ

で、この事は神が出て見分けするのや。よう聞き分け、一時から休んだ(天理教は元本席逝去)ふし
ん本普請(人間甘露台の普請)、内はどやどや大風(事情の事)や。さあ\/内にも(道の中にも)

掃除すると思へ。世界を見て思案せよ。掃除すんだら(大神様じかの御支配であるから)日本(神の
思惑の分りた者)治まる内々(国内の事)騒(さわ)ぐ、外(外国)から先に騒ぐ。さあ\/月日い

つ飛び出るやら、間に合う者も間に合わぬ者も人数揃(そろ)うて勤めせねばならん日がある。秋を
あいづにより分け、さび分けする。天は上うす、地は下うす、月日が中にとび出し、火水風を入れて

熔(溶(と))かす(原爆、水爆)正味より分けする。その時来たら、あちらの村、こちらの村も昨
日まで賑(にぎ)はし\/と暮らしていたが、今朝は日様は高く昇りたが、一軒も戸が開かん、こち

らの村も立派な家が立ち並んでいたが、影も形も見えんようになる日がある。その時来たら世界あち
ら、こちらに蚊のなくようになって助け場所の門の前に死人の山がつく、なれど内々(神一条の者は)

は安心なものや。見えてから説いてかゝるは世界なみ、見えん先から説いておくぞや。今日の日は横
目ふる間も油断すな、いつ月日がどんな日があるやら、何時とも云わん、刻限だけ説いて聞かせよ、

朝日の出るから日の入るまで気を付けんならん日がある。やれ世界の理に巻きこまれる、あゝ日頃(神
一条より)聞かせて下さったこと今見せて下さるかいなと(人間甘露台)勤めにかゝれ、その時には

足元に居る、可愛い子供も助けるに助けられん日が来るで、その時には助け人数でありながら、助け
呼ぶ者は捨ておけ、ほっておけ世界のあちらこっちに蚊のなく如き日がある。やれこわや聞くより早

くもう見えた。どんなことでも油断出来んで、さあこれまで悟しおこう。日本中さづけで(甘露台本
授け)響(ひびき)渡らす。このようの因縁の理を聞き分け、人(人の子)を助け。これを因縁の理

とする。それにそむけば(人間甘露台は神の入り込み社であるから)命も財産も天が受け取る。この
ことは何時の事やと思うたら、三六二五の暮れ合いに、これを百十五年限りとす。三六=(大正元年

御教祖百十五才存命の切れ目より三十六年は昭和二十二年本席百十五才)二五=(大正元年から昭和
十一年本席三十年祭)この時は霊魂はこの世から返しても牛馬に生み返す承知せよ。それ故に今日一

日生涯の日とす、早く悟れよ、神がせき込んでいる。いそいで働け、僅かな日で今日一日が何日に向
うやら悟らにやならん。と示してあります。つくした理は皆神様が直ぐと受け取り直ぐと返すと言う

事であります。宗教家の人等は我が身忘れて人助けしてこそ、月日大神様の子供を助ける事が出来る
のであります。神様は喜んで人間の心を受取りてお助け下さるのであります。大神様の言う事をよく

聞き分けてこそ、世界治まるのであると言う事をよく心に治めてもらいたいのであります。
                                 合せ鏡よりその9へ続く
 

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