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三鷹のドン、意識高い系?

 投稿者:基地外  投稿日:2017年 8月22日(火)19時15分36秒
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  ヤクレさんはいろんな異業種交流会にでてますね。今度あったらどんな内容なのか聞いてみます。

宮台先生は、地元の祭りで、お神輿担いだり、子育てしたりと、ムラ的な環境に我が身を置いてますね。

頭いい都会人が一周してムラ的なものに回帰したんでしょうか。

塾長のおっしゃるとおり、田舎では世話焼きジジババがまだいますので、就職だお見合いだ、ある程度レールにのって行くことは可能なんでしょうね。これを同調圧力と言い換えることもできますが。

ムラで一生暮らすとなると、小学生のころウンコ漏らしたことを、固定化された人間関係のなかでずっと言われ続けることにもなります。

親の代の上下関係が子の代に引き継がれるので、一発逆転を狙う人間は進学就職で都会へ流出し、地元に残るのはムラの有力者とその子弟と、彼らに不本意ながら追従する人間となります。

消防団、商工会、町内会などにより、ムラのピラミッドが日々再確認されているように思われます。

ムラも都市部も一長一短ありますね。

程々が1番ですわい。
 
 

宮台vsヤクレ一郎

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 8月19日(土)06時16分54秒
返信・引用
  基地外さん

お久しぶりです。久々に声が聞けて(読めて)うれしい限りです。

結局ムラを求めることが人間の無意識のような気がします。

これは宮台真治の言っていることですが・・。

ムラに所属する事ができれば、現在の若者が抱える疎外感、うっ屈した感情、激しい競争社会で他人と自分を比較し攻撃し合ったりする悩みから多少なりとも解放されるのかなと思います。

本来、ムラの中で役割を与えられて他人に人生を決められた方が心地よく、快適な人生を歩めたはずの人まで、東京に行き、激しい競争社会で貧しい生活を送ることになってしまったから、精神的にすさんだ世の中になってしまったような気がします。

東京ではありませんが、私もその一人のような気がしています。

先日も岩手の田舎にお盆で戻ったとき、ここで仕事したら毎日暇かもしれないけど濃い人間関係に飽きることなく幸せに生きていけるかもな、と思ってしまいました。

ヤクレどん時々、Facebookでサークル?に参加している姿をお見かけしますが、よろしくお伝えください。
 

濃密な人間関係

 投稿者:基地外  投稿日:2017年 8月18日(金)23時04分36秒
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  ホンマ久々です。皆さんお元気ですか。
私は今、田舎で勤務しており、地元のひととの人間関係が濃いです。良くいえば古き良き日本、悪くいえばムラ社会です。ムラのガハハ親父が幅を利かせているし、村八分になる人間もいます。

私はヨソから来たマレビトのような立ち位置で日々ムラの人々と接しています。

SNSという形態であっても、日本人の習性としてムラを形成しがちな気がします。リアルでもバーチャルでもやってることは変わらないんですかね。

と、いうわけで、9月中旬に東京へ出張って三鷹のドンとリアルに接触してきます。
 

SNS離れ

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 8月14日(月)11時11分33秒
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  SNS離れが言われて久しい。

Facebookもピーク時に比べたら特定の人たち以外、閑散としている。

twitterもインスタも登録者数に比べたら、投稿数は非常に少ない。

しかも横のつながりはほとんどないに等しい。

結局、SNS疲れ、新たなコミュニケーション空間でリアルではできない活発な交流を期待したが、結局、リアル空間と同じ衆人環視、同調圧力に疲れてSNSを手放す人が大半となった。

そう考えると、いまだにFacebookでプライベートな日常生活をこまめに投稿している人はそういう周囲の圧力に負けない気の強い人だと言えるし、逆に言えば鈍感な人だろう。

いいね!を貰えるうれしさに最初は夢中になるが、結局それがなにも意味していないことに気づき、ほとんどの人は離れて行った。これは自然なことだ。

また、その背景にはLINEが浸透したことがあげられると思う。

自分と縁のない人たちも自由に行き来できるオープンワールドでのコミュニケーションツールより、閉じた狭い人間関係の方が大切、というごく当たり前の結果だと思う。

SNSをまったくやっていない人がいるが、結局、そのような人こそが世の中で何が一番大切なのかをわかっている人のような気がする。
 

雨の夏

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 8月 8日(火)11時39分54秒
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  この掲示板に全然書き込みをしなくなってしまっていた。

何か時事問題を書こうにも深く掘り下げるだけの時間と余裕がない。

身の回りに面白いことがないし、仕事の話は誰が見てるかわからないから書きにくい。ネタがない。その結果、やはり過去のことになる。

最近、キャンダさんこと神田くんがやっている神田大浦農場のホームページやツイッターを仕事の合間に見て、癒されています。

彼が地元に戻って農業を始めるとなったとき、最初は動機が全然わからなかったが、今となっては一番彼らしい仕事につけたのだなあと感嘆する。

たしか、当初、新潟の塾に就職したが、社訓100個を暗誦できなくて辞めたのだった。そして、地元に戻り農業を開始したのだった。

親方のもとで修行して、大変な時期もあったと記憶している。しかし、今では立派な自営業農家さんになっている。奥さんや地元の仲間たちと立派に自分の信念に沿って仕事に向かっている。

こういうことはなかなかできることではない。本当に素晴らしい。

当事者本人は毎日四苦八苦してそれどころではない気持ちかもしれませんが、遠くから見れば幸せな人生を送っているように見える。

やはり人間には組織の中で自分を活かせる人と、そうではなく自分が旗振り役になって動くことで社会に貢献できるタイプの人がいるのだと思う。

どちらがいい悪いではなく、適材適所、ということである。

そうすると、自分がどのようなタイプの人間で、どこに行けば社会に貢献できるのかを素早く的確に判断できた人から幸せに近付けるのだろうと思う。

しかし、口にするのはたやすいがそれは簡単にわかることではない。

大学4年間のモラトリアムはそれを判断するためにあるようにも思える。が、はっきり言って社会の中で情報と経験を積まなければ自分の適性などわかるはずもない。

それと仕事自体は好きでも人間関係が悪くなればその場にはいられなくなってしまう。何の仕事をすべきか、より、誰と働くか、の方が重要と感じる。

食事と同じである。何を食べるかより、誰と食べるかが重要なのでる。

以下、神田さんについて2010年11月3日の日記から抜粋。我ながらいい得て妙である。

(転載開始)

昨夜は埼玉のキャンダ氏と例によってwindowsメッセンジャーで電話会談。

彼の近況をいくつかの写真とともに説明してもらった。

いやはや,キャンちゃんは寮時代から手先が器用で色んなものを作り,それを見せてくれて驚いていたが,その能力が商品になり店頭に並んでいるんだなあと大変感慨深かった。

寮時代と変わらないところは「いつのまに!」というスピードで事を成している点である。
寮にいたころ,二,三日あけて彼の部屋に遊びに行くと部屋模様が一変していたり,新たな手作り作品が増えていたりして驚かされることが多々あった。

彼は誰にも言わずにいつのまにか自分の願望を現実化しているという特徴がある。
しかし感心するのは彼が様々な商売を同時並行で進めているところだ。

塾講師として高校生に英語を教える傍ら農家として米や野菜など十種類の農作物を育成。それをスーパーなどに卸売している。ちなみに余った農地の転貸事業(貸し農園)もやっている。30人ほどの申し込みがあったというからすごい。

さらにPCを使って地元商店街のPRをかねた広告誌を製作。PCといえば農作物をネット販売するためのホームページも作成中らしい。その一部を見せてもらったが立派なもので驚いた。

FXの方は負けを取り戻したところでいったん終了させたらしいが,それでもトータルでは何百万円も勝っているのだろう。

なお,米俵を作る機械を自前で製作したので,米俵作りのワークショップをしたり,居酒屋・すし屋の店頭ディスプレイとして販売することを考えているとか。
すでにネット販売している人もいるとかで,なかなかどうしてニッチ商品として面白いと思った。

もちろん商売手法が多岐にわたっていることはキャンちゃん自身,いかなる商品・サービスで勝負するか戦略が未完全なところがあるのだろう。しかし,体力と時間がある若いうちしか試行錯誤はできないのだから,それだけで立派なことだと思う。

農業でもうけることは諦めたと言いながらも,彼が勝負できる商品を見つけてそれに全力集中した時はとてつもない効果が生まれるに違いない。そう予感させるだけのことを彼はやっている。

(転載終了)
 

共謀罪総括

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 6月16日(金)09時33分46秒
返信・引用
  共謀罪を廃案に持ち込めなかった活動家らの責任は重い。

なぜ自分たちの主張が市民に支持されないのか、運動論を根本的に考え直すべきだ。
 

空母襲来

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 5月19日(金)14時45分2秒
返信・引用
  6月にアメリカの原子力空母が日本海に二隻展開するらしい。

あーはっはである。

持たず作らず持ち込ませずの非核三原則の日本に、その目の前に原子力空母がドカンと2隻やってくるのだ。

あたかも北朝鮮から日本を守るシールドのように立ちふさがるのだ。

今こそドリーマーな自称平和主義者の諸君は、憲法9条をもとにアメリカに抗議を行うべきだ。

日本海側の沿岸部に運動家を集めて日本海の水平線に向かってシュプレヒコールを上げるといい。

エンタープライズ入港阻止!の再来である。

そうすると、日本を狙った北朝鮮のミサイル実験には何も言わないのに、
日本を守ろうと展開するアメリカの空母には反対の意を表するコッケイな姿があらわになるだろう。

憲法九条があろうがなかろうが、リアルな戦争はある日突然はじまるのだ。

アメリカと中国そしてロシアが北朝鮮を抑えきれないとき、ある日突然戦争ははじまるのだ。

日本政府の努力や、日本人の意思なんぞ無関係である。
 

新緑の季節

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 5月19日(金)09時57分49秒
返信・引用
  新緑の涼やかな風が通り過ぎていく。
ひじょうにいい季節。朝から過ごしやすい。

仕事なんかせずに放浪の旅に出かけたい。
 

北朝鮮

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 4月27日(木)16時32分25秒
返信・引用
  25日は何も起きなかった。よかったよかった。
それでも相変わらず各国は緊張状態が続いている。

一説によると、中国はアメリカ先制攻撃の情報を掴んだ瞬間に北朝鮮に突入して、
金正恩を抹殺するという。
そして、中国側の政権を樹立させるという。

そして、これは日本政府が前提にしているシナリオだという。

たしかに、アメリカより先に中国が北朝鮮を制圧すれば、
北朝鮮の暴発を防ぐことができる。そして、第二次朝鮮戦争も防げる。
(アメリカが中国と朝鮮半島で正面衝突したくないと考えていることが前提だが)

そして、今と変わらず北朝鮮が、バッファ(緩衝地帯)として機能する。

意外と、トランプが考えているシナリオは、中国による北朝鮮支配なのかもしれない。

つまり、金正恩を追い出して、改革開放路線の主席を中国によって誕生させるシナリオなのかもしれない。

日本にとってもそれが一番いい気がする。
 

25日は何かが起きる

 投稿者:塾長  投稿日:2017年 4月24日(月)14時13分6秒
返信・引用
  25日、北朝鮮は核実験を行うだろうか。
中国とロシアの軍隊が北朝鮮との国境に向かって移動していると聞く。
時局はさながら戦争前夜。
今こそ左巻き運動家の諸兄は、国会前に集まってどんちゃん騒ぎをすべきではないのか。

北朝鮮の特殊部隊が日本に潜入して朝鮮総連のスパイらと軍事行動を起こすかもしれないときに、
それをまったく無視して「共謀罪」反対のツイートを熱心に行っている左翼連中の気がしれない。

所詮彼らは、夢想家であり、目の前の現実から目をそむけたくてしょうがない子どもの一味なのだなあと思う。

核ミサイルが墜落したら、半径2.5kmの人々は、閃光を目にした瞬間に痛みを感じることもなく消滅するという。

どのようにすれば北朝鮮が暴発せずに第三次世界大戦を防ぐことができるか、
アメリカも、ロシアも、中国も日本も韓国も、敵国同士が連絡を密に取りあり、
それを一生懸命考えている。

現実を受け止めて対策を冷静に考えることができるようになりたい。
 

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